「間の勝負みたいな時間が生まれまして…」綾野剛が振り返る映画『花腐し』撮影秘話

花腐し…きれいに咲いた卯木(うつぎ)の花をも腐らせてしまう、じっとりと降りしきる長雨を表現する言葉。11月10日(金)に公開を迎える映画『花腐し』は、そんな梅雨の中で出会ったふたりの男が、自分たちが愛した女性について語りあう愛の物語であるとともに、廃れゆくものを描きだした作品。

監督は『Wの悲劇』や『ヴァイブレータ』『共喰い』の脚本で数多くの賞を受賞し、監督作『火口のふたり』でも高い評価を受けた荒井晴彦氏。本作では、松浦寿輝による芥川賞受賞小説を大胆にアレンジ。廃れていくピンク映画業界で生きる映画監督を主人公に、脚本家志望だった男とひとりの女優による、切なくも愛の物語が展開します。

今回、先行上映舞台挨拶のため名古屋を訪れた主演の綾野剛さんと荒井晴彦監督にインタビュー。初対面での謎の攻防から、モノクロでの表現、雨のシーンの裏話など語っていただきました。※以下敬称略

伏見ミリオン座で行われた舞台挨拶レポートはこちら!



「役者を続けていたら、こんなご褒美もあるんだなと」(綾野)

荒井晴彦監督からのオファーに「役者を続けていたら、こんなご褒美もあるんだなと思いました」と振り返った綾野剛。「オファーをいただいて、すぐ『やりたいです』と伝えました。」

ところが、迎えた顔合わせで綾野は緊張に襲われてしまったそう。「今は荒井さんがシャイな方だとわかっていますが、当時は微動だにしない荒井さんに、何を話せば琴線に触れられるのか分からず、お互い静かに佇むという…。間の勝負みたいな時間が生まれまして、ものすごく緊張しました。終わる頃には、少し話せましたが、帰られる荒井さんのお背中を見つめているのが精一杯でした。」

一方、荒井監督は「いやいや、緊張した、緊張したって言うけど、こっちも緊張している訳。やってくれるのかもわからないし、面接試験を受けてるようなもんでね。調べたら誕生日(ふたりとも1月26日)が一緒だったことがわかって、これを口説き文句にしようと思いました。」

その言葉に綾野は「僕はお話をいただいた時すぐに『お受けします』って言っていたんです。でも一度見て頂かなければと思っていたので、オーディションを受けるような気持ちで、荒井さんに会いに行きました。」

荒井監督「逆だよね(笑)」

綾野「面白いですよね。お互いにこういうことが起きていたっていう」

雨の境目のシーンは最終日に

松岡「雨のシーンが印象的でした」

荒井監督「雨の境目は、晴れた日に撮りたかったけど、うまい具合に晴れてくれた」

綾野「見事に晴れましたね。撮影最終日でした」

荒井監督「そう最終日」

松岡「あの階段のところ!最終日だったんですね」

綾野「むしろ最終日に撮れて良かったです。あの表情(かお)は、撮影前半だと生まれていなかった気がします。」

荒井監督「話の始まりだけど、これから何が待っているのかという表情」

「現代をモノクロで描いて過去をカラーで描くのは、前からやってみたかった」(荒井監督)

松岡「本作は、綾野さんと柄本さんの会話劇でもあると思うのですが、結構な台詞の量ですよね」

綾野「ずっと喋っていました。」

松岡「さとうほなみさん演じる祥子がいない世界がモノクロで…」

綾野「過去がカラーでして」

松岡「過去をモノクロで描くというのは今までにもあったと思うのですが?」

荒井監督「それが普通ですよね。現在をモノクロで描いて、過去をカラーで描くというのは、前からやってみたいと思っていて。この年齢になるとね、青春時代は色がついていたな~って、今はもう、灰色」

松岡「祥子のいる世界だからカラーなのかと」

綾野「美しい思い出だけでなく、葛藤した記憶もカラーで描かれています。」

荒井監督「傷や痛みもね」

綾野「とても残酷ですよね」

荒井監督「それが青春だと思う。今だととても耐えられないような傷でも、若い頃だと、『酒と泪と男と女』という歌みたいに、飲んで飲んで飲まれて飲んで、飲んで飲みつぶれて、なんとか乗り切った。それでも、ずっと残るよね。」

松岡「苦いのも青春」

荒井監督「もう1回やってくれって言われたら、ちょっと待ってくれって思うけど、でもやっぱり思い出すと、あの頃は傷ついたり、傷つけられたり、色がついているんだよね。」

「本を片付けるシーンは、どの本をチョイスするか考えました」(綾野)

松岡「本作では、登場人物の関係性が伝わってくる食事のシーンも印象に残ります」

綾野「食事のシーンは、荒井さんがすごくこだわられていた要素のひとつだと思います。」

荒井監督「タラコとキムチのおじやと、そばつゆで食べる豚しゃぶ」

綾野「特に荒井さんの作品は印象に残りますよね。『火口のふたり』もそうですし。」

松岡「栩谷と柄本佑さん演じる伊関が韓国スナックで飲むシーンとか」

荒井監督「キュウリ入れて?(韓国焼酎にキュウリを入れるシーンがある)」

綾野「ホッケを食べたりとか、何かしら飲み食いしていましたね」

松岡「そういった細かい演出が、生活感と言いますか、印象に残りまして」

荒井監督「初めて監督をやった時に、装飾が(撮影に使う料理を)作ってくるんだけど、この登場人物がこういうの食べるのか、という料理というかご飯で、俺が全部作ったことがあってね、それ以来さすがに俺は作らないけど、メニューはシナリオに書くようになりました。

本棚とかもね、本棚があって、ただ本が入っていればいいなんていうのは嫌なんですよ。だから、最初に監督した時から、(本棚の装飾は)自分の本棚から持っていったり、人に借りたりして作っています。せっかくだから寄りで撮ったりもするんだけど、結局使いようがないんですけどね」

綾野「本を片付けるシーンは、どの本をチョイスしようかと考えながらやりました。いい意味で、本には情念がこもっているので。そういう楽しみ方をされる映画ファンの方々にも喜んでもらえるのではないかと」

荒井監督「だから、ある監督は、あ!あの本持ってる。あの本も持ってる!!って思いながら見ていたって言っていましたね」

松岡「伊関の部屋のとかも…」

荒井監督「彼(綾野演じる栩谷)のと、映画関連の本なんだけどちょっとずつ違うんだけどね。それと祥子のとね。だから、わかる人が見れば『あれ持ってる、高かったんだよな~』なんて言いながら見るんじゃないかな」



「映画ってもっといろんな観方をしてもいい。自由なものなんだ」(綾野)

松岡「綾野さんは荒井監督とは、撮影中かなりお話された?」

綾野「撮影前に荒井さんに『どう栩谷を生きたらいいですか?』と聞きました。今までなかなか監督にそんな直接的な聞き方をすることはなかったのですが、今回はそういった質問をしたくなるほど搔き立てられました。そしたら、『脚本なんてただの書き物だから、自由にやっていいんだよ』と仰って、栩谷が目の前にいた。荒井さんが栩谷だと思い、そこからはずっと荒井さんを観察しながら丁寧に役に落とし込んでいくという作業でした。」

荒井監督「あと衣装の話はだいぶしましたね。下駄でいこうとかね。」

綾野「荒井さんの書く世界は、読み物として完成されている強度があり、何をしても成立する確信があったので、肌はなるべく隠す一方で、素足がいいなと。撮影の川上さんは、重心の重い画を撮られるので、部屋の中のシーンもふたりとも素足がしっかり映っているということに、すごく表情があって。ふたりが靴下を履いているか、履いていないかで、芝居は大きく違ったと現場に入った時に感じました。もし、靴下を履いていたら、脱ぐ芝居が入っていたと思います。」

荒井監督「冬だったら、ちょっと意味を持ちすぎるけどね。梅雨のシーズンだから、下駄でもいいし、素足でもいいよねって。そしたら佑が…」

綾野「ビーサン(ビーチサンダル)だったんです」

荒井監督「ビーサンなんだよね向こうも(笑)」

綾野「考えていることが同じでした。」

松岡「綾野さんは監督とご一緒されて得たものがたくさんあったのでは?」

綾野「そうですね。『火口のふたり』も見返しました。荒井さん(という人間)を知ってから観ると、荒井さんのことがどんどん好きになるし、佑くん、ここ荒井さんとすごく似てるとか。映画ってもっといろんな観方をしていい、自由なものなんだと改めて感じました。立ち返ると『脚本は書き物だから自由にやればいいんだよ』というところに自分が昇華されていました。」

松岡「監督は綾野さんとご一緒されて?」

荒井監督「いや、ものすごく真面目な人だなぁと思った」

その言葉に、思わずフフフと笑みがこぼれる。

荒井監督「いや(笑)でも、キャリアいっぱいあるのに、その都度、その都度、それを更新していく。真面目な人だって思ったよ。俺はあんまり真面目じゃないからね(笑)」

綾野「もう存在がロマンですから!」

松岡「とってもいい雰囲気の中で撮影されてたんだろうな~っていうのが、伝わってきます」

綾野「荒井さんほどの方を前にすると、いい意味でのあきらめがついて、身の程知らずでいられるんです。疑問に思ったことはなんでも投げかけて、わからないことはたくさん聞いて学んでいく。何百回かに一度ぐらい『こういう発想もあるんだ』って荒井さんが面白がってくれたらいいなという感覚で現場にいました」

松岡「受け止めて下さるんですね」

綾野「そうなんです。」

「学生たちが好きな映画作ってるみたいな雰囲気の現場」(荒井監督)

荒井監督「今回、プロの役者さんたちと、プロのスタッフが集まっているんだけど、現場はね、学生たちが好きな映画を作っているみたいな、そういう雰囲気でした」

綾野「瑞々しい感じがありましたね」

荒井監督「みんなではしゃいでやっているような」

綾野「はい(笑顔)」

荒井監督「プロなんですよ。雨降らしの特機(クレーン等の特殊機械を扱う人たち)なんか特にね。本来は監視するような立場のインティマシーコーディネーター(性的なシーンなどの調整を行う人)も『現場に行くのが楽しかった!』って言ってて『また呼んで下さい』って(笑)」

綾野「本当に素敵な現場でした。」

荒井監督「綾野くんの差し入れの弁当が美味くてね」

綾野「川上さんも、荒井さんもよく食べられるので。最初は、優しいお弁当のほうがいいのかなと思ったのですが、余計なお世話でした。みなさん肉が好き(笑)」

荒井監督「ミート矢澤のハンバーグ弁当だ!って嬉しくなった」

実は、このインタビューのあと、そのままふたりは舞台挨拶に登壇。さらにブラッシュアップされたトークで、先行上映に集まった観客を楽しませていました。最後に綾野が「見ていただいて完成される作品。ぜひ、みなさんの中で育てていって下さい」と作品をアピールすると、荒井監督が「映画の最後まで見てくれたら…おまけがついています!」と笑顔で挨拶を締めくくり、次の地大阪へと向かいました。

映画『花腐し』は11月10日(金)より伏見ミリオン座ほかで公開です。

取材こぼれ話

取材中、荒井監督と映画の話をするのが、楽しくてたまらないといった様子だった綾野さん。「荒井監督は知れば知るほどチャーミングな方でどんどん好きになっていくんです」とも。実際にお会いしてみると、本当に優しくて、笑顔が素敵な監督。本音トークの数々に、笑いがとまりませんでした。その模様(監督インタビュー)は動画でお届けするので、お楽しみに。

聞き手:松岡ひとみ/構成・文:にしおあおい( シネマピープルプレス編集部



作品紹介

監督:荒井晴彦
原作:松浦寿輝『花腐し』(講談社文庫)
脚本:荒井晴彦 中野 太
出演:綾野剛 柄本佑 さとうほなみ
吉岡睦雄 川瀬陽太 MINAMO Nia
マキタスポーツ 山崎ハコ 赤座美代子
/奥田瑛二
2023年製作/日本/137分/【R18+】
配給:東映ビデオ
公式サイト:https://hanakutashi.com/
©2023「花腐し」製作委員会
 

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