詩や紡ぎだす物語で、世界中の人たちから愛されている文豪・宮沢賢治。そんな彼が実は「ダメ息子だった!」という大胆な視点と、丹念なリサーチで彼と家族の物語を描き直木賞を受賞した門井慶喜さんの同名小説を、役所広司さん主演で映画化した成島出監督作『銀河鉄道の父』
公開を前に行われた映画『銀河鉄道の父』の名古屋舞台挨拶で、主演で宮沢賢治の父、政次郎を演じた役所広司さんと成島出監督が撮影中のエピソードを語りました。
※ 以降敬称略でお届けします。
実は隙だらけの親父です
映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六 ‐太平洋戦争70年目の真実‐』や、先に公開された『ファミリア』など、実は東海エリアとは縁深いおふたり。成島出監督が「役所さんとご一緒させていただいた『ファミリア』は、ここ名古屋(愛知)で、今回はお隣の岐阜でロケをさせていただき、縁深い東海地方のみなさんに、こうして映画をご覧いただけることを大変嬉しく思います」と挨拶すると「ずっと宮沢賢治を映画にしたかったんですけど、賢治は複雑怪奇なところがある人で、なかなか一筋縄ではいきませんでした。そんな中、本屋さんで原作本に出合って、読んでみたらすごく面白くて! 政次郎はすごく厳しい人物として知られているのですが、小説に書かれた政次郎はまったく逆の親バカで、ユーモラスでチャーミングな、それこそイクメンの走りみたいな人として描かれていて、これは面白い! ぜひ映画にしたいと思ったのがスタートでした。」
一方、役所は宮沢賢治について「お恥ずかしい話、あまり詳しくなくて『銀河鉄道の夜』と『雨ニモマケズ』ぐらいしか知りませんでした」と明かすと「だから今回、原作や様々な資料を読んで、宮沢文学の素晴らしさがわかるようになったのかなと」話します。
自身が演じた父、政次郎については「厳しいですよ。厳しい顔をしていますけど、実は隙だらけの親父です(笑)。自分では、一家の大黒柱として子どもの教育もしっかりしなければならないと眉間に皺をよせてるんですが、妻や子どもたちからは心配されている。監督がおっしゃる政次郎のユーモアや愛嬌といったところは、彼のそういうところからきているような気がしますね」と分析しました。
宮沢家の影の大黒柱は…
息子、宮沢賢治を演じるのは、菅田将暉。意外にもふたりは初共演なんだそうです。「(政次郎の父親を演じた)田中泯さん以外の宮沢家のメンバーとは初めての共演になります」と明かした役所は、菅田とのエピソードを問われると「花巻弁が結構大変で(苦笑)、撮影合間はみんな花巻弁の練習をしていて…」と苦戦したことを明かすと「今回、コロナ禍での撮影だったこともあって、距離をとりながら座ってるんですけど、一緒に座っているだけで、だんだん家族の雰囲気みたいなものができあがってきていたように感じます」と振り返りました。
ちなみに先日、息子・清六役を演じた豊田裕大さんにインタビューしたところ「現場でずっと台本を読んでいて、方言指導の方とも細かくイントネーションとか、方言の確認をしていた」との目撃談が。役所さんへの政次郎への、宮沢家への愛が言葉のひとつひとつから感じられるのは、その姿からも伝わってきます。
一方、キャスティングについては、相当こだわったという監督。「原作を読んだ時から、政次郎は役所さん、賢治は菅田さんに演じていただきたいと思っていました。今回、宮沢家を演じる皆さんのハーモニーが本当に素晴らしくて、理想的なキャスティングができたなと、監督として幸せでした」と手応えをみせました。
中でも、賢治の作家への道を絶妙にアシストし、一家のムードメーカでもある賢治の妹トシを演じたのは、森七菜。時に兄を励まし、政次郎に進言するトシ。役所も「政次郎は自分が宮沢家の大黒柱だと思ってるんですが、トシが影の大黒柱です。森七菜ちゃんは、自分にその要素はないと言っているのですが、やはりとてもしっかりしてる方、監督は彼女の芯の強さを見抜いてキャスティングしたんだと思います」と明かしました。
父と息子ふたりの幸せな瞬間
本作で成島監督は「細かい演出はしませんでした」と振り返ります。「賢治の『どこに向かって良いのかわからない』という叫びも、トシの『健康な体で人の役に立てる人物になりたい』という願いも今の若者と同じだと思いました。だから明治から昭和初期を舞台にした時代劇ではありますが、時代劇だとは思わず、無理に作り込まないで演じて欲しいと話しました。
劇中では、政次郎と賢治が大喧嘩するシーンも登場します。菅田くんの必死な思いと政次郎の命がけで向き合っていくシーンも、いろいろと落ち着いて執筆活動と農業を営む息子と庭先でお茶を飲むようなホッコリしたシーンも登場します。このふり幅はおふたりが親子だったから描けたと思うんです」と好きなシーンを明かしました。
役所さんが語る注目シーンは「賢治と政次郎が庭先でお茶を飲むシーン。二人にとって一番幸せな瞬間だったような気がします。宮沢家はそれぞれがそれぞれの役割を果たしていて、お互いのことを大切にしている。その愛情と絆がとても表現されているので、そこにも注目していただきたいです」といいます。
最後に監督が「本作は偉人物ではなく、今に通じる家族の物語です。同じ地平で笑って泣いていただき、賢治の作品のように本作も皆さんの心に残れば幸いです。劇場って不思議なもので、一人笑っている人がいると「笑っていいんだ」と笑いが伝播するので、ぜひくすくすと笑いながら観てください! 泣けたという感想はよくいただきますが、それだけでなく笑って政次郎を応援していただけると嬉しいです」とアピールすると、役所も「おもろうてやがて悲しき」という王道ですがよくできたお話です。強要はしませんが、面白かったらぜひ笑ってください。そしてこの心温まる作品を広めてくださいね。」の言葉で締めくくり会場をあとにしました。
映画『銀河鉄道の父』で描かれるのは、父親の家族へのビッグラブ。ぜひ、その特大な愛をスクリーンで受け取って下さい。
取材こぼれ話
監督と主演として何度もタッグを組んで作品を作っている役所広司さんと成島出監督。舞台挨拶中も、終始楽しそうに会話をかわしていたのが印象に残りました。この日、成島監督が着ていたのは、宮沢家のイラストが描かれたオリジナルTシャツ。「監督が作ってみんなにプレゼントしてくれたんです」と役所さん。「監督がこれ着てくるなら、僕もそれ今日着てきたのに~」と笑う役所さんがとても嬉しそうでした。
本作は、岐阜県恵那市にある岩村町と明智町を、賢治の出身地である岩手県の花巻市にみたてて撮影。役所さんは「『キツツキと雨』という映画の撮影でもお世話になって、今回『銀河鉄道の父』の撮影で訪れた時には、地元のみなさんが「おかえりなさい」という垂れ幕を作ってくださって、五平餅とかいろんな差し入れをしていただいたり、エキストラとしても撮影にご協力いただいて、映画を支えていただいた恵那市のみなさんには本当に感謝しています」と感謝を述べました。
成島監督も「岩村町は、おんな城主のおつや、織田信長の叔母にあたるのかな? そういった伝統のある町で、素晴らしいところ。今は、古い町並みがどんどん減っていて、日本映画を撮るのは本当に大変なんです。道とか、こういう建物なんかは、近い将来、必ず日本映画の宝になるので、保存して欲しいなぁと思います。そして、この映画では病院のシーンが出てくるんですけど、実は名古屋市内で撮らせていただきました。末森城っていう信長の弟の城がありまして、その跡地近くにある建物を病院として撮影させていただいてます。偶然に、信長つながりで、縁を感じております」
※ 病院のシーンで撮影に使用された「昭和塾堂」の内部は、現在非公開 となっています。ロケ地巡りをされる方は、近隣住民や地域へご迷惑がかからないよう、ご配慮お願いします。
ちなみに、城山八幡宮では、昭和塾堂の御朱印もあるので、記念に訪れるのもいいかもしれませんね。
城山八幡宮
http://www.shiroyama.or.jp/
プレゼント
『銀河鉄道の父』作品紹介
宮沢賢治の父・宮沢政次郎。父の代から富裕な質屋であり、長男である賢治は、本来なら家を継ぐ立場だが、賢治は適当な理由をつけてはそれを拒む。学校卒業後は、農業や人工宝石、宗教と我が道を行く賢治。政次郎は厳格な父親であろうと努めるも、賢治のためなら、とつい甘やかしてしまう。やがて、妹・トシの病気を機に、賢治は筆を執るも―。究極の家族愛を描いた傑作にして、第158回 直木賞受賞作の『銀河鉄道の父』、待望の映画化。
『銀河鉄道の父』 監督:成島出 原作 門井慶喜「銀河鉄道の父」(講談社文庫) 脚本 坂口理子 音楽 海田庄吾 出演:役所広司 / 菅田将暉 森七菜 豊田裕大 / 坂井真紀 / 田中泯 配給:キノフィルムズ 公式サイト:ginga-movie.com 公式Twitter:@Ginga_Movie2023 ©2022「銀河鉄道の父」製作委員会