伊藤さとりの映画で人間力UP!ドキュメンタリー映画『リッチランド』

「ハラスメントを知ること、学ぶこと」ドキュメンタリー

映画『リッチランド』と共に。

ハラスメントについて考えるようになった方も多いのではないでしょうか。人との関わりで形成される社会生活において、「ハラスメント」は今や脅威とも言えるワードとなり、言葉や行動次第で自分も加害者になり得ることを意識するようになりました。主にハラスメントの種類は、「モラルハラスメント」「セクシャルハラスメント」「パワーハラスメント」他にも「マタニティハラスメント」「ジェンダーハラスメント」など細かく見ると多岐にわたりますが、映画界で言うなれば昨今の監督やプロデューサーが俳優に性的暴力を振るった事件はその最たるもので、権力を持つ者が影響力を武器に弱き者に加害をするという構造からのものが多く見受けられます。

中でも「モラルハラスメント」は特に起こしやすい問題です。記憶に新しいのは昨年、映画『バービー』と『オッペンハイマー』の大ヒットを喜び、盛り上げようとしたアメリカの一部のファンが、「バーベンハイマー」というネットミームでバービーの主人公と原爆のキノコ雲を合成したイラストをSNSにアップした事が大きな波紋を呼びました。これも現代社会から外れたモラルの欠如による行為と言えます。

では投稿した彼らは私たち日本人を傷つけようとしたのか。その心理を覗き込むようなドキュメンタリーが7/6から全国順次ロードショーとなる『リッチランド』です。この映画の撮影地は、長崎に落とされた原爆を製造したハンフォード・サイドで働く人々が暮らす町リッチランド。通りには原爆に関連する名が付けられ、地元高校のフットボールチームのトレードマークこそが「キノコ雲」であり、爆撃機「B29」のイラストまでTシャツに付いています。一見、時代錯誤的なこの光景の根底には自身の行いを正当化する上での教育や、「悪化する戦争を“核爆弾”よって終結させた」と教えられた終戦当時の国の刷り込みが理由だとドキュメンタリーは伝えているようでした。

しかもこの思想はこの町に暮らす年配の戦争経験者ほど強く、実はこのトレードマークが不謹慎であることに気づいている地元の若者たちが、学校サイドに声を上げられるか悩んでいる映像も映し出されています。

「モラル」とは善悪の認知、とも喩えられます。だからこそ個人の環境や受けた教育によりブレやすくなるハラスメントであり、更には自分の方が優れているという思い込みから生まれます。まさに「〜すべき」「〜であるに違いない」という固定観念で自分の意に反する人を否定することが、相手を追い込む結果を招くのです。これを取り除くには、長期に渡るカウンセリングが有効です。特に時代は急速に変化を続け、古い考えに固執していると人間関係のトラブルを招く恐れが大いにあります。

このような「ハラスメント」問題を無くすべく、今、多くの企業で研修が行われていますが、男女比や年齢差が激しい映像業界でも「ハラスメント講座」に注目が集まっています。この講座の講師も務める「文化・芸能業界のこころのサポートセンターMeBuKi」代表であり、臨床心理士・公認心理師で俳優の史穂理さんは、こう語ります。

「権力を持ってしまうと人はどうしても威圧的になってしまいます。そこにタイムリミットなどがあれば更に焦ってしまい、自分の思い通りに動かない部下のような立場の人を追い詰める発言をしがちなのです。もし自分がイラついていると気がついたら『アンガーマネジメント』といった手法で、昂った感情を鎮めるために数を6つ数えたり、“ちょっとお手洗いに行ってきます”などと理由を述べて、その場から離れたりする行動で感情をコントロールすることも出来ます」

現在、史穂理さんは臨床心理士やカウンセラー仲間と「文化・芸能業界のこころのサポートセンターMeBuKi」という団体を運営し無料相談も行なっています。

「長い間、声に出せない被害者の方も多く、ご自身がハラスメントを受けているのか確認しに連絡をしてくる方もいらっしゃいます。その時に大事にしているのは、“被害者の方に寄り添って聴く力”です。どちらにも共感しないで話を聞くのが正しいと勘違いされている方もいますが、被害者の方から相談を受けたのならまずは傷ついた心に寄り添うことが大事です。しかし被害を無くすには、加害側の方のカウンセリングもとても重要です」

ハラスメントなんて無関係。

そう思っている人こそ危険であると私は思っています。生育環境、職業環境、時代により教育も違う。下の世代も大人になり、社会で共に何かを成し遂げる状況になった現代。だからこそ考え方もアップデートしていかなければ、社会から置いていかれる、時には加害者になってしまうのだと世界の映画や情勢を目にして、自分自身も言動や行動を注意しながら、反省を忘れずに他者の言葉に耳を傾けるのです。

 

『リッチランド』

(2023/アメリカ/93分/カラー/5.1ch/DCP)

監督:アイリーン・ルスティック

撮影:ヘルキ・フランツェン/編集:アイリーン・ルスティック/音響デザイン:メイル・コスタ・コルバート/エグゼクティブ・プロデューサー:ドーン・ボンダー、ダニエル・J・チャルフェン、マーシー・ワイズマン/プロデューサー:アイリーン・ルスティック、サラ・アーシャンボー

製作:コムソモール・フィルムズ

宣伝:テレザ/配給:ノンデライコ

© 2023 KOMSOMOL FILMS LLC

伊藤さとり

伊藤さとり(映画パーソナリティ・映画評論家)

映画コメンテーターとして「ひるおび」(TBS)「めざまし8」(CX)で月2回の生放送での映画解説、「ぴあ」他で映画評や連載を持つ。「新・伊藤さとりと映画な仲間たち」俳優対談番組。映画台詞本「愛の告白100選 映画のセリフでココロをチャージ」、映画心理本「2分で距離を縮める魔法の話術 人に好かれる秘密のテク」執筆。

 

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