2006年、わずか6館の上映から口コミで広がりヒットへと繋がった『時をかける少女』、インターネット上の仮想世界OZを舞台にした『サマーウォーズ』(2009)、以後『おおかみこどもの雨と雪』、『バケモノの子』、『未来のミライ』と3年ごとに革新的な作品を発表し、世界の観客を魅了してきた細田守監督。7月16日に公開し大ヒット上映中の最新作『竜とそばかすの姫』を引き下げ、名古屋を訪れた細田守監督に、制作現場での挑戦や新しい才能との出会い、そして細田作品を彩るクジラへの想いを聞きました。
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インターネットはいい面も悪い面もあるけど『すごい可能性がある』そのことを実際に体現できたのは大きかった
『竜とそばかすの姫』の舞台となるのは、世界中から50億もの人が集う仮想世界の<U(ユー)>ひとりひとりがボディシェアリングの技術で「As(アズ)」とよばれる自分の分身を持ち、自身とアバターが一心同体のような繋がりを持つ世界。思わず息をのむような壮大な世界はどのようにして生まれたのか?
「『サマーウォーズ』でOZを設定した時は、世界で10億人が参加している世界を想定していて、若い人が中心になって参加しているイメージだったので、カラフルな感じでデザインしました。10年経ってFacebookの登録が12億人と…『サマーウォーズ』のOZも抜かれちゃって、とうとう現実が虚構を乗り越えた。だったら50億人が参加する<U>っていう世界を創ろう。50億人なら、なかなか超えられないと思って」と未来を見据え<U>の世界を構築していった細田監督。構築にあたっては、様々な技術についてリサーチを重ね、耳にデバイスを装着することで生体情報がスキャンされ常時本人の生体情報と連動されるという、近い未来現実になりそうな世界を生み出した。
その緻密で繊細な<U>の壮大な仮想空間をデザインしたのは、イギリスの若き建築デザイナー、エリック・ウォン氏。彼もまた、インターネットを介して出会った新たな才能のひとりだと明かす。
「この映画は、インターネットで才能が花開くという内容なので、実際にインターネットで『誰かいないか?』って探したんですよ。そしたら、すごくいいポートフォリオをネットにアップしてる人がいて『この人は誰だ?』と話を聞いたら27歳の建築家で、といっても実際に建築するのではなく「架空建築家」という概念的な建築を考える人で、だから<U>の現実に創ろうと思うとありえない建築だけど、どこかに存在するかもしれないという感じをうまく表現してくれるんじゃないかと思って頼みました。そうやって、今までまったく接点がない人たちと作品を通して出会って、一緒に作って、世界観を構築していく、それってすごい可能性だと思うんです。そのことを実際に体現することができたのは大きかったですね」
物語の主人公は、自然豊かな高知の田舎で生まれ育った内気で自分に自信のない女子高校生すず。歌うことが大好きだった彼女が、幼い頃、母を事故で亡くしたことで、人前で歌を歌えなくなってしまう。ところが、友達に誘われ仮想世界<U>に参加したことから、ベルというもうひとりの自分として自分の歌を歌えるように。その不思議な歌声は瞬く間に人々の心を掴み人気の歌姫になっていく。演じたのは、京都生まれのシンガーソングライター中村佳穂。彼女以外の選択肢が思い浮かばないほどに<U>の世界で歌う彼女は魅力的で観る人の心にスッと溶け込んでいく。
「出会ったのは2年前。奈良の靴屋さんで、折坂悠太くんと一緒にかけあわせみたいなライブをしていて、その時は『曲とか作ってくれたらいいなぁ~』『詩書いてくれないかな~』ぐらいの気持ちでいたので、すず/ベル役を頼むことは考えていませんでした。でも、どこかで少し引っ掛かっていたんでしょうね。結局オーディションにも来てもらって、台詞をよんでもらったら『すごくいい!』んですよ。歌と芝居って相通ずるものがあるんだなあと思いました。彼女のすごいところは、歌や表現力はもちろん、自分のアーティストイメージが崩れることを恐れないで果敢に挑戦するところ。明るくてバイタリティーもあるし、アフレコの現場では相当数テイクも重ねましたけど、もっともっとってなるぐらい、より高みを目指したくなるような存在でした。だから、ビョークやレディー・ガガに匹敵するぐらい、いい映画になっていると思います」と語り自信を覗かせた。
「映画は出会いですから…発見する出会いは作り手にもあれば、お客さんにもある」と話す細田監督。時かけの仲里依紗、『サマーウォーズ』の桜庭ななみ、『バケモノの子』の広瀬すず、など(新しい才能を)発見する面白さも細田作品のひとつの魅力。そんな彼が、本作で発見したもうひとりの逸材が、すずの親友にして良き理解者、ネットを駆使する毒舌メガネ女子のヒロちゃんを演じた幾田りら。
「幾田りらさんすっごいんですよ!」と熱をおびた声で嬉しそうに話す細田監督は続けて「信じられます? これでお芝居の経験ゼロなんですよ。オーディションの時から面白いなあって思ってたけど、実際にアフレコやってる時のほうが『スゴイ!』って思いました。底知れないポテンショナルを持っている。本当上手いし、びっくりするぐらい表現力あるし、キャラクターを掴んでいるし、すごいっすよねえ~。こういう才能との出会いがあるから映画って面白い。それが、この映画を通して伝わるといいなぁって思います」
本当はミュージカルがやりたかった???監督が大好きな作品は、不朽の名作『美女と野獣』
『美女と野獣』が物語のモチーフになっている本作。監督自身も大好きな作品と公言し、細田監督ならではのアプローチで独自の世界を構築している。
「何が好きって『野獣』が好きなんですよ。荒々しい暴力的なところもありながら、実は心の中には別の一面もあるっていう。その二面性が好きなんですけど、今描くなら美女にも二面性があるんじゃないかと。顔とスタイルが美しいだけの外見的な『美女』というよりも、いろんなことを乗り越えて、乗り越えた証みたいなものが人を『美女』にさせるような内面的な『美女』それが僕の考えた現代の『美女』で、守らなきゃいけないものを(勇気をもって)守れるひと。それがクライマックスにも繋がっています」
ベルの歌が世界を変える…本作を語るにあたり歌の要素がはずせない本作。監督自身は、どのように考えていたのだろうか?
「実はねえ。本当はミュージカルにしたかったんですよ。インターネット世界の、現代の『美女と野獣』みたいな映画になっていますけど。もともとミュージカル映画でしょう? だから、本作もミュージカル映画にならないかなあと思って、工夫して作っていたんですけど、難しいんですよね。歌が主人公の気持ちを伝えてそれが観客にも届くような映画が作りたくて頑張ったのが『竜とそばかすの姫』なんです」
と明かす細田監督。実際に『リトル・マーメイド』や『美女と野獣』『アラジン』など多くのディズニー作品で作画監督を務めたグレン・キーン監督の『フェイフェイと月の冒険』(Netflixで配信中)の制作現場を見学させてもらったという。
「ハリウッドでは、絵を描く前に音楽から作るんです。脚本ができたら、ブロードウェイとかに電話をかけて、オーディションをする。日本だと、先に絵コンテを描かなくてはいけないんですよ。なんとか先に音楽を作れないかなぁといろいろ頑張ってはみたんですけど、参加してくれてる作曲家の人たちが『イメージできない』ってことになって、音楽なしでミュージカルシーンの絵コンテを描きました。すごく大変だったけど結果的に、絵コンテでイメージが掴めたみたいで、それぞれのシーンにいい映画音楽をつけてくれたので、良かったんですけどね」
<U>の世界に登場するスピーカーで着飾ったクジラ!デザインを手掛けたのは「ファイナルファンタジーXII」のアートディレクター上国料勇
『サマーウォーズ』ではOZの守り主としてジョンとヨーコという二頭のクジラが、『バケモノの子』でもクライマックスにクジラが登場するなど、細田作品には、よくクジラが登場する。本作でも、スピーカーを着飾ったクジラが<U>に悠然と登場し、その上でベルが歌うシーンがある。そこで、素朴な疑問をぶつけると。
「今回、クジラが出てくるのは、舞台が高知県だからですよ。高知沖にはクジラが見えるんですよねえ。高知には、酔鯨 ( すいげい ) っていうお酒があるんですけど、知ってます? その酔鯨のラベルがねクジラのしっぽなんですよ。っていうのは、冗談なんですけど(笑)」
「僕はクジラとか狼とかも、よく出すんですけど、人間によって勝手なイメージを押しつけられた動物が好きなんですよ。例えば、狼だったら悪者、中世ヨーロッパのキリスト教の中で狼を悪者にすることによって人間が勢力をのばしていく、クジラも白鯨っていう作品を読むと、人間が打ち勝つべき自然の脅威の象徴として登場する。かと思えば、最近では平和の象徴にされていたり、人間の勝手な都合で作られたイメージですよね。動物は動物じゃないですかクジラも狼も、どっちかっていうとそっちのほうに思い入れしたくなるんです。今回も、クジラについての説明一切ないんですけどね、一言もない、みんな『クジラが良かった』と言ってくれる。デザインもすごいですしね。デザインは「ファイナルファンタジー」の美術監督の人が作ってくれてるんですけど、ゲームの世界とも現実とも虚構ともつかないようなデザインになっていて、都合のいいクジラじゃなくて、もっと違う風な意味がある風にできるといいなぁと思いますけどね…『バケモノの子』の熊徹も熊のような狼のような感じでしょ?生き方は狼っぽいですけどねえ…そういうようなキャラクターが好きなんですね。なんか、狼やクジラが好きなんですよね。犬と猫でいえば犬が好きです。普通に(笑)」
この作品で日本のアニメのCGのレベルの表現はひとつ高みにいけたのでは?
今回、仮想世界<U>を3DCGで、すずたちが暮らす高知の現実世界を手描きで表現した細田監督。そこはこだわったところだと明かす。
「基本的には、コンセプチュアルに<U>の世界はすべてCGで、現実の世界は手描きでって分けてはいるんだけども、作品のトーンを合わせるためにCGのほうを2Dのシェーディングでやって結果的に質感を合わせています。例えば、コンサートシーンはCGで、日常シーンはセルでやるみたいな、コストパフォーマンスとしての使い分けはあると思うんですけど、こういう風にコンセプチュアルに表現が分かれている作品って、実は世界をみてもアニメーション作品ではあまりない。大変だったのは、<U>の世界で、ベルと竜の恋愛みたいな気持ちや感情をCGでどうやって表現するか。観てるほうは、当然のように思うかもしれないんですけど、CGで感情を表現するのは、とても難しいんですね。それを感情や気持ちを通い合わせるレベルの感情表現まで持っていけたのは、才能がある人たちが集まってくれて、何度も何度も試行錯誤を重ねながら、労力を厭わずやってくれたから。本当に苦労したし、大変な労力はあったけど、そういうレベルまで引っ張りあげることができて、日本のアニメのCGのレベルを考えたらひとつふたつ段を上がって、表現はひとつ高みにいけたと思っています」
コンセプトワークに始まり、表現における試行錯誤、音楽、声、多くの才能とクリエーターが集まり、納得がいくまで幾度もリテイクを繰り返し、作品へと昇華させた細田守監督。公開と時を同じくして行われたカンヌ国際映画祭では、今年新設されたプルミエール部門に選出され、10分にわたりスタンディングオベーションを受けたのも記憶に新しいところ。ぜひ、スクリーンで楽しんで欲しい一作です。
『竜とそばかすの姫』は、ミッドランドスクエアシネマほかで現在公開中
作品紹介
【ストーリー】自然豊かな高知の田舎に住む17歳の女子高校生・内藤鈴(すず)は、幼い頃に母を事故で亡くし、父と二人暮らし。母と一緒に歌うことが何よりも大好きだったすずは、その死をきっかけに歌うことができなくなっていた。
曲を作ることだけが生きる糧となっていたある日、親友に誘われ、全世界で50億人以上が集うインターネット上の仮想世界<U(ユー)>に参加することに。<U>では、「As(アズ)」と呼ばれる自分の分身を作り、まったく別の人生を生きることができる。歌えないはずのすずだったが、「ベル」と名付けたAsとしては自然と歌うことができた。ベルの歌は瞬く間に話題となり、歌姫として世界中の人気者になっていく。
数億のAsが集うベルの大規模コンサートの日。突如、轟音とともにベルの前に現れたのは、「竜」と呼ばれる謎の存在だった。乱暴で傲慢な竜によりコンサートは無茶苦茶に。そんな竜が抱える大きな傷の秘密を知りたいと近づくベル。一方、竜もまた、ベルの優しい歌声に少しずつ心を開いていく。
やがて世界中で巻き起こる、竜の正体探しアンベイル。
<U>の秩序を乱すものとして、正義を名乗るAsたちは竜を執拗に追いかけ始める。<U>と現実世界の双方で誹謗中傷があふれ、竜を二つの世界から排除しようという動きが加速する中、ベルは竜を探し出しその心を救いたいと願うが…。
『竜とそばかすの姫』 原作・脚本・監督:細田守 作画監督:青山浩行 CG作画監督:山下高明 CGキャラクターデザイン:Jin Kim 秋屋蜻一 美術監督:池信孝 声の出演:中村佳穂 成田 凌 染谷将太 玉城ティナ 幾田りら 森山良子 清水ミチコ 坂本冬美 岩崎良美 中尾幸世 森川智之 宮野真守 島本須美 役所広司/石黒賢 佐藤健 配給:東宝 上映時間:122分 公式サイト https://ryu-to-sobakasu-no-hime.jp/ 公式SNS [Twitter]@studio_chizu ハッシュタグ #竜とそばかすの姫 ©2021 スタジオ地図