伊藤さとりの映画で人間力UP!『ありふれた教室』

『ありふれた教室』

是枝裕和監督の『怪物』(2023)を観た時、学校では大なり小なり事件が日常的に起こっていると気付かされました。それと同じように「真実と嘘」と「正当性」が建物の隅々に付着しているかのような印象を持った映画が2023年のベルリン国際映画祭パノラマ部門で初上映され、W受賞となった『ありふれた教室』(5/17公開)です。本作は本年度の米アカデミー賞国際長編映画賞にドイツ代表としてノミネートされ、受賞した『関心領域』(ポーランド)や『PERFECT DAYS』(日本)と評を競った作品になります。

物語は、女性教師の視点だけで捉えた“盗難事件”の行方を映し出し、ほぼ学校内だけで展開されます。まさに箱庭映画。新米教師の主人公カーラは、新しい学校で生徒とのコミュニケーションを大事にしている最中、同僚からの提案に違和感を覚え、“盗難事件”の犯人探しを始めます。カーラの行動を手持ちカメラで追うことで、彼女が決断力があり正義感から子供を信じようとするあまり、行動や言葉の掛け違えを起こしていく様子をサスペンスのように見せていきます。しかも不穏なサウンドは、『オッペンハイマー』(2023)や『関心領域』(2023)のように効果的に物語全体を覆い、カーラの緊張感を表現しているかのようです。

更に映画では、この学校に通う人々には様々な移民がいることも服装や言語で表現され、「報復」がその家族の処罰であることを口にするシーンもあります。これはイルケル・チャタク監督がトルコ系ドイツ人であり、自身の経験も織り込んだことから生まれた物語だからのショット。果たして「疑い」をかけられた者からの「報復」は正しい行為なのか、本当に「謝罪」だけで全てが解決するのか、これが本作で描きたかった人間の心理そのものでした。

子供であろうと生育環境で考え方も違うし、学校は、生徒と教師だけでなく、その親達も関わる教育機関。それにしてもどの子供達も演技がリアル!ラストシーンはある子供の気質がそれだけで読み取れてしまいます。そう考えると間違いなく主演女優のレオニー・ベネシュが本物の教師のように振る舞っていたからこそ、子供達が自然と生徒になれたのだと、彼女と子供達とが関わるシーンが映し出される度に思っておりました。

作品概要

監督・脚本:イルケル・チャタク

出演:レオニー・ベネシュ(『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』『白いリボン』)、

レオナルト・シュテットニッシュ、エーファ・レーバウ、ミヒャエル・クラマー、ラファエル・シュタホヴィアク

2022年/ドイツ/ドイツ語/99分/スタンダード/5.1ch/原題: Das Lehrerzimmer /英題: The Teachers’ Lounge /

日本語字幕:吉川美奈子/提供:キングレコード、ニューセレクト/配給:アルバトロス・フィルム/G

© if… Productions/ZDF/arte MMXXII

伊藤さとり

伊藤さとり(映画パーソナリティ・映画評論家)

映画コメンテーターとして「ひるおび」(TBS)「めざまし8」(CX)で月2回の生放送での映画解説、「ぴあ」他で映画評や連載を持つ。「新・伊藤さとりと映画な仲間たち」俳優対談番組。映画台詞本「愛の告白100選 映画のセリフでココロをチャージ」、映画心理本「2分で距離を縮める魔法の話術 人に好かれる秘密のテク」執筆。

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