7月17日(日)、現在大ヒット中の映画『ベイビー・ブローカー』のティーチインイベントがミッドランドスクエア シネマと伏見ミリオン座で行われ、是枝裕和監督が登壇。劇場に集まったファンたちの熱い質問にひとつひとつ丁寧に答えながら、心揺さぶるシーン誕生秘話や、刑事役ペ・ドゥナとのエピソードを明かしました。
とっても面白いティーチインで、聞けば…もう一回見たくなるような内容だったので、この日の先陣を切ったミッドランドスクエア シネマでのティーチインの模様を少しだけお伝えしたいと思うのですが、今回、ティーチインということで、ネタバレもあったりしますので、あらかじめご理解いただいた上で楽しんでいただければ幸いです。
名古屋でのこういったイベントは、4年ぶりとなる是枝裕和監督。さっそく上映後の観客から盛大な拍手で迎えられると「やっぱり劇場で、知らない人と一緒に笑ったり、泣いたりするのがね、映画にとっても幸せですし、作り手にとっても、こうして観終わったばかりの温かいうちに、(観客のみなさんと)こういうやりとりをさせていただくのは、自分にとっても次の作品へのエネルギーを貰えたりもするので…貴重な機会をありがとうございます」と挨拶し、この日時間いっぱいいろんな質問に答えました。以下、ティーチインより抜粋。
目次
名シーンの裏にへジンの涙…その裏側では
観客:「あの生まれてきてくれてありがとう」のシーンがすごくグッときました。ドンスが「電気を消そう」と言いますけれども、あのシーンは最初から電気を消すことを想定していたのか…他にもいろんなテイクがあったのか…あのやんちゃなヘジンが言葉を聞いて涙がポロっとなったような気がして
監督:よくわかりましたね! 電気を消したのは、あのシーンを書いてて、ちょっと恥ずかしかったんだよね。それで「電気を消そうかな」と思ったと思うんですけど、電気を消して暗い中であの言葉を聞くと、自分の母親の声にも聞こえるのかなぁとも思ったので、むしろ消したほうが、そういう広がりがあるのかなと。へジンくんが泣いてるのよくわかりましたね。暗い…
観客:今日は、あの光の中(暗め)なので、ちょっとわからなかったんですけど、別の劇場で観た時に発見しました。
監督:素晴らしい。(あのシーンは)映写の条件で見えなかったりもするんですね。明るい設定だと、はっきりわかるんですけど、通常の上映だとなかなか見えないんですよ。あのシーン、映画撮ってる時は僕、気づかなくて…。あのシーンすごくいいシーンなんですけど、へジンくんがなんかテンション上がりまくっちゃって、ベッドの上ではしゃぎまわっちゃったんです。本番直前にへジンくん呼んで「これから撮るのはとても大事なシーンだから、大人の人たちも、いまみんな気持ちを作っているから、今まではもうしょうがないけど、今日だけは静かにしてね」って言っても、また走りまわって、そうしたらカン・ドンウォン(ドンス役)が「静かにしたらレゴ買ってあげるから」と言ってもダメで、最後はIUさん(イ・ジウン/ソヨン役)がなだめて、なんとか本番にこぎつけたもんだから、僕も必死だったんだけど、そしたら本番で最初に本人がちゃんと泣いているという(苦笑)
MC:すごい役者だ…
監督:ビックリしました。あんなに散々はしゃいでたのに、シーンの意味はちゃんとわかっていたという。逆にわかっていたから、はしゃいだのかなって、後で思いました。だから、あそこはそんなにテイクを重ねてないんですよ。
撮りたいワンシーンがフッと浮かぶ…そこから
観客:是枝監督は、どういったプロセスを経て脚本を書いていらっしゃるのですか?
監督:難しいね。学生さんかな?
観客:はい。映像科の大学に通っています。
監督:いろいろで、作品によって全然違うんですよ。『ベイビー・ブローカー』の場合は、雨の中、赤ちゃんが預けにきた母親がいて、最初は直接母親が赤ちゃんボックスに赤ちゃんを入れる設定で、その赤ちゃんを神父の恰好をしたソン・ガンホが笑顔で「幸せになろうな」って赤ちゃんに笑いかけて、翌日売っちゃうっていう…それだけを最初に決めたの。で、売りにいく仲間をカン・ドンウォンにしようとか、翌日母親が戻ってきたらどうだろう…とか、その様子を全部見てる刑事がいて…って肉付けしていって、結末を決めずに旅をスタートさせて。脚本は、だいたいあるシーンを思いついて始まることが多いです。テーマとかカラーとかではなくて、撮りたいワンシーンがフッと浮かぶ。『万引き家族』の時は、盗んだ釣り竿で血のつながらない親子で釣りをしている…そこだけ最初に書いて。最初から始まることもあれば、ラストが浮かぶこともある。タイトルから始まる作品もあります。『歩いても 歩いても』がそうでした。
子どもを産んだら女性はみんな母親に???
観客:いま大学4年で、ゼミで日本の「養子縁組」について学んでいまして、映画の中でぺ・ドゥナ演じる刑事さんが、最初は赤ちゃんボックスについて否定的な考え方を持っていたのに、最終的には気持ちに変化が生まれているのが印象的で、監督自身はリサーチする中で考え方について変化があったりしたのでしょうか?
監督:僕自身は否定的な意見は持ってなかったんだけど、取材をしていくと、施設や母親に対して否定的なスタンスを持つ方たちは結構いらっしゃって、その人たちが何をどう考えているのかってことは取材しました。それは、韓国、日本でも同様で、僕が取材させていただいた弁護士さんとかは、韓国の養子縁組が「海外に赤ちゃんを輸出してる」って批判されたことを受けて、制度の法整備に動いた方だったんですけど、赤ちゃんボックスに関してはかなり否定的で、それを排除するというより、そこに近い考えの刑事を登場させて「捨てるなら生むなよ」っていう台詞からスタートして、旅を通してどういう風に変わるのかをやってみようと。価値観の対立みたいなものを反映させています。
観客:劇中で描かれる母親の存在や母親という肩書きについて…
監督:ちょっとさかのぼって『そして父になる』という2013年の作品で、子どもの取違い事件を題材に福山雅治さん主演で映画を撮らせていただいてるんですけど。その映画を作る過程で、結構日本の養子縁組についていろいろ掘り下げて考えていた流れの中で、こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)というのに出会って。それが、今回に繋がっていくんですけど。『そして父になる』というタイトルだから「父親になるってどういうことだろう?」というのを自分なりに考えて作ったんですけど、その時のインタビューで「子どもを産んだら女性はみんな母親になれるんだろうけど、男は理屈で考えるから父親になるってどういうことだろうっていうのを頭の中で考えてしまう生き物なんです」みたいな話をした時に「いや、女性も子どもを産んだからといって、みんながみんなすぐ母親になれる訳ではないと、母性が女性に生まれつき備わっているという考え方自体が男性目線の偏見だ」と言われまして、それは間違いなくそうだなと。自分でも気づかないところで、そういうことを口にしているという反省をもとに、その母親になるということを『万引き家族』の中で描いて、今回出てくるイ・ジウンさん演じるソヨンは、手放すことで母であろうとする女性で、子どもを産まないという選択をして生きてきたぺ・ドゥナさんのところに、赤ちゃんが戻ってくるというお話にしたかったんです。
監督:最初は、そんなこと全然考えてなかったんですけどね。ソン・ガンホが神父姿で赤ちゃんを売るだけの話だったから、そこでキャスティングを組み合わせて、準備稿ができた時に、キャストに渡したお手紙の中で、これは赤ちゃんを売るブローカーたちが家族になる話と同時に、ふたりの女性が母親になってる話です。そのふたつの物語が並行して進みます。って手紙に書いていて、そこでこの作品の全体の構成が見えてきたかな。
…。に込めた監督の想いを韓国式で変換
観客:今回の撮影は、全部韓国語だったと思うのですが、どのようにして監督の考え(ニュアンスの部分)を出演者に伝えたのか?
監督:脚本は全部日本語で書いて、それをポン・ジュノの大学の同級生でもある通訳の方と、翻訳の専門家の方にお願いして、韓国語の台本にしています。そのニュアンスがどう伝わるか、やっぱり不安だったので、役のバックボーン(どういう生い立ちでどこで誰と出会ったみたいなこと)を、結構細かく書いて。そのバックボーンから出てくるものであれば、どんどん出してくださいと伝えました。それでも、なかなかあの微妙なニュアンスまでは拾えなかったらしくて、ぺ・ドゥナが台本を読んだ時に「これを是枝監督が書くだろうか?」と思ったらしく、日本語の台本も欲しいと言われて「日本語の台本に書かれている「…。」という表現は韓国語にはないから、ここにこめた感情はどういう感情か?」と聞かれて「こういう感じ」という話をしたら「だったら韓国語の台詞はこういう風なのが良いと思うと、チェックしなおして、彼女はぶっきらぼうだけど、旦那さんとかに対して愛がないわけではなくて、その愛情みたいなところが、彼女と直しをしたことで戻ってきた気がします。
監督:ソン・ガンホさんは、現場で台本とはちょっと違うものを足されてきて、終わると必ず「僕、今この台本のここをこういう風に変えたけれども、たぶんそのほうがいいと思って」と言って下さってました。
ほかにも、食べるシーンの話や、海外マーケットを意識している韓国の作品作りの話など、時間いっぱい盛り上がったティーチイン。監督も会場もアツアツでした。写真撮影時には、ひとりで心もとないとMCも一緒に…という可愛らしい一面も見せた是枝裕和監督。
映画『ベイビー・ブローカー』は6月24日(金) よりミッドランドスクエア シネマ、伏見ミリオン座ほか全国ロードショー
是枝裕和監督最新作『ベイビー・ブローカー』本予告
作品紹介 映画『ベイビー・ブローカー』
赤ちゃんポストで出会った特別な旅の行く先は?
古びたクリーニング店を営みながらも借金に追われるサンヒョン(ソン・ガンホ)と、〈赤ちゃんポスト〉がある施設で働く児童養護施設出身のドンス(カン・ドンウォン)。ある土砂降りの雨の晩、彼らは若い女ソヨン(イ・ジウン)が〈赤ちゃんポスト〉に預けた赤ん坊をこっそりと連れ去る。彼らの裏稼業は、ベイビー・ブローカーだ。しかし、翌日思い直して戻ってきたソヨンが、赤ん坊が居ないことに気づき警察に通報しようとしたため、2人は仕方なく白状する。「赤ちゃんを大切に育ててくれる家族を見つけようとした」という言い訳にあきれるソヨンだが、成り行きから彼らと共に養父母探しの旅に出ることに。一方、彼らを検挙するためずっと尾行していた刑事スジン(ぺ・ドゥナ)と後輩のイ刑事(イ・ジュヨン)は、是が非でも現行犯で逮捕しようと、静かに後を追っていくが…。
作品名『ベイビー・ブローカー』 監督・脚本・編集:是枝裕和 撮影:ホン・ギョンピョ 音楽:チョン・ジェイル 出演:ソン・ガンホ カン・ドンウォン ペ・ドゥナ イ・ジウン イ・ジュヨン 配給:ギャガ 上映時間:130分 公式サイト:https://gaga.ne.jp/babybroker/ 公式Twitter:@babybroker_jp ©2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED