杉咲花が「特別な1本」となった作品への想い語る『市子』名古屋先行上映舞台挨拶で

12月8日公開の映画『市子』の先行上映会が、4日名古屋の伏見ミリオン座で行われ、主演で川辺市子役を演じた杉咲花さん、戸田彬弘監督が舞台挨拶に登壇。作品への想いや撮影エピソードなどを語りました。以下敬称略

本作は、劇団チーズtheaterを主宰する戸田彬弘監督が、自身の戯曲「川辺市⼦のために」を映画化。主演に杉咲花を迎え、市子というひとりの女性の知られざる人生を彼女に関わる人たちの証言で浮かび上がらせていく。

恒例の名古屋ネタからスタートした舞台挨拶。ふたりは、いまの心境をこう口にする。

 

戸田監督(以降監督) 釜山(国際映画祭)と東京国際映画祭と、映画祭のお客様には観てもらっているのですけど、この映画はもっといろんな人のところに届いてもらいたいと思っていまして、そういう意味では「怖い」です。業界関係者じゃないお客様に、この映画がどう評価されていくのか、明日は大阪でも上映があるんですけど、名古屋のお客様に観て頂くのは初なので、いまちょっと緊張しております。

杉咲 ドキドキしますし、この『市子』という作品は自分にとって特別な1本になったので、あと少しで自分たちの中から巣立ってしまうんだなっていう寂しさを感じています。なんかこう、細々と長く広がっていったらいいなって思いがあるので、今日は皆さんがどんな風に映画を受け止めて下さるのか、楽しみな気持ちもあって、気に入っていただけたら、広めてもらえたら嬉しく思います。

ー 杉咲さんに続けてお聞きしたいのですが、監督からオファーを受けた時のお気持ちは?

杉咲 (監督から)いただいたお手紙の中に「自分の監督人生において分岐点になる作品だと思っています」ということが書かれてあって、それだけ特別な思い入れがある作品に自分を求めていただけたことは、本当に嬉しかったですし、どれだけ凄まじいものが描かれているんだろうと、ちょっと怖い気持ちもありながら、本当に震える手で脚本をめくっていった感じなんですけど、長谷川(市子の恋人)を演じた若葉竜也さんもおっしゃっていたんですけど、監督の筆圧が伝わってくるような、一言一言がとてもエネルギーのある脚本で、これに携わったらなにかとんでもない場所に連れていかれるのではないかという予感がしました。

ー 市子というキャラクターについて監督とお話されたことはありますか?

杉咲 役が決まってから撮影までに少し時間があり、その間に監督が「市子」がどんな時間を過ごしてきたのかってことを台本に書き起こして下さって、時間軸がいろいろ描かれていく物語なので、その間の時間に何があったのか細かく書いて下さっていたので参考になりましたね。

杉咲さんの足の速さにスタッフたちが…

ー 撮影中のエピソードをお聞かせいただけますか?

監督 撮影中に僕が驚いたのは、杉咲さん演じる市子がトンネルを駆け抜けていくシーンが「予告編」にも使われているんですけど、もちろん杉咲さんは全力で走っているんでえすけど、衣装としてはつっかけサンダルなんですよ。当然、カメラマンや録音部のひとたちも追いかけてカットを撮るんですけど、杉咲さんめちゃくちゃ足が速くて、サンダルなのに誰もついていけなくて、いやぁ信じられないぐらい早かった!もちろん疾走感を期待してるからオッケーになってるんですけど「杉咲さん足早いんですね」って言ったら「そうなんです。結構早いほうなんですよね」って、軽やかに言われたのを覚えてます。(杉咲さん爆笑)

杉咲 小学生までは、結構ビリから近かったんですけど、中学生になったら、なぜかリレーの選手に選ばれるようになってて、私もなんでそうなったのかわかってないんですけど、突然走るのが速くなったんです。

監督 想像以上に速くて思った以上に尺がとれなかったり、カメラマンが置いていかれたりしましたけど、それが作品にはピッタリきたし、疾走感あふれるいいシーンになりました。

杉咲 ほんと転んでしまったらどうしようという緊張感があって、死に物狂いで走っていましたね、あのシーンは。

言葉にならない感情に突き動かされる時間を経験

ー 杉咲さんは?

杉咲 長谷川(若葉竜也)っていう市子の恋人からプロポーズを受けるシーンがあるんですけど、そのシーンは自分の中でも印象に残っていて。脚本には特に具体的にどういう感情に変化していくみたいな筋道は立てられていなかったんですけど台本読んでいる時に「どうしようもなく心が動いてしまうようなシーン」になるのではないかっていうイメージが湧いていていて。ただ現場に行った時にそのイメージを軽々と超えてくるような、その瞬間言葉にならない感情に突き動かされるような時間で、そういう経験をしたのが初めてのことで、すごく記憶に残っているシーンなんですけど、いろんな方向から繰り返し撮らなくてはいけなくて…。

その1回目で、初めて長谷川と対峙して、こう見つめられた時に湧き出てくる感情を持続させることであったり、更新させていくというのがすごく難しくて、ちょっと心が途切れてしまったような瞬間があったんですけど、その時に長谷川を演じた若葉さんがケラケラ笑いながら「精魂尽き果てたね」って言ってきたんですよ。その言葉に拍子抜けして。

いままでにも、感情を持続させられない壁みたいなものに突き当たることが度々あったんですけど、そういうときは、周りの人がブレイクを挟んでくれたり「気にしなくていいよ」って励ましてくれたり、手を差し伸べて下さる方がいらっしゃったりするものなんですけど、若葉さんは、ただ、その事実を述べるっていう。自分からすると情けない瞬間なんですけど、それをそのまま肯定して下さることのありがたさ。そんな若葉さんだったから、できたシーンなのかなって改めて思っていて、本当に貴重な表現者の方だったと思います。

監督 その撮影のシーンのあと、セッティングの時に若葉くん外に来て、若葉くんのマネージャーと一緒に「杉咲さん、ヤバすぎるぐらい芝居すごすぎるんですけど」って言ってましたよ。

杉咲 えっ?そうなんですか?(少し嬉しそうな杉咲さん)

監督 「すごいものみた!」って言ってた!そりゃあ精魂尽き果てると思いますし、いや本当にすごかった、そのシーンの杉咲さんは、どうなっちゃうんやろーっていう感じでした。

杉咲 長谷川とのシーンは3日ぐらいしかなくて、でも若葉さんとは3度目の共演ですごく信頼もありましたし、居て下さるだけでもすごい安心感があったんですけど、やっぱり市子と長谷川として過ごしてきた時間は、自分の中でどれだけ実感をもてるかっていう緊張感はあって、でも若葉さんを前にした時に、そんな不安が一気に払しょくされたんですよね。なんの屈託もなく愛してくれる方で、若葉さんじゃないとあぁいう時間は作れなかったと思いますね。

関わった人たちを通じて鮮やかに変化していく市子に

ー 監督とご一緒されて

杉咲 監督は原作者でもあるので、わからないことについて質問した時に、たくさんの回答を下さる方なんですけど、断定しない言い方と言いますか「こうなんだと思います」「こうなんじゃないですかねえ」っておっしゃられていて、たとえ自身が作られた物語の中に登場する人物であったとしても、他者は他者であるという、距離のとりかたと言いますか、その姿勢がこの映画を表しているんじゃないかなって感じていて、他者に対しても、演じる役に対しても、こうあるべきだなってことをすごく学びました。

ー 映画を観た感想

杉咲 市子と関わってきた方々の中で、こんなにも市子という人物像が違うのか、鮮やかにこう変化していくことに、あーこんな風に市子のことを捉えてくれていたんだなっていう、自分としての感想なのか、市子としての感覚なのか、ちょっとよくわからないですけど、自分が立ち会ってこなかったシーンを見た時に、グッとくるものがありました。

監督 SNSやインタビュアーの感想で「観終わったあと、市子がまだどこかにいるような気がする」みたいな言葉をよくかけられるんですけど、すごく嬉しいし目指していたところでもあるので、今もどこかで市子は生きてるのかな、そう思わずにはいられないって言葉は嬉しいです。ラストシーンは、本当に映画のオールアップの時に撮ったシーンでもあるんですけど、その時の杉咲さんのお芝居が僕の中では結構衝撃的で「こういう感じなんだ」と思いまして、その姿を見てみなさんがどんな風に感じるのか楽しみなところでもあります。

ー 最後にメッセージを

監督 この映画は市子と関わった人たちの視点でひとりの人物をみていくという構成になっていますが、家族や大切な人のことでも、知らないことってきっとたくさんあると思います。どこかで凄惨な事件が起きると、その人はそういう家庭環境だったからとか、そんな風に紐づけやカテゴライズして、自分も含め、他人のことを勝手に決めつけていたりするなって思っていて、だから、他人のことを知るってことはすごく難しいことだけど、この映画をみて、あらためて大切なひとを深くみつめるきっかけになればいいなって思います。

杉咲 みなさんの感想を聞くと、市子のことを実在する人物や身近な人として捉えて下さる方が多いので、それが本当に嬉しくて!この映画は、自分たちが生活している場所と地続きにある人の話だと思っています。市子って、わかったような気になっていたら突き放されるような、人間の複雑なところを描いた作品で。人と人との間にこうでーんと横たわるわからなさみたいなものを抱えながら、それでも「どうやってあなたは人と関わっていきますか?」と突き付けられるような作品になっていると思います。自分自身、こうして東京から出て他の地方にお邪魔できる機会が久しぶりで、今日もすごく楽しみにしてここに来たんですけど、それだけ、みなさんに届いて欲しい、届けたい作品でもあるので、受け止めて下さったら嬉しいです。

取材・文:にしおあおい( シネマピープルプレス編集部

作品紹介

監督:戸田彬弘
出演:杉咲花 若葉竜也 森永悠希 倉悠貴 中田青渚 石川瑠華 大浦千佳 渡辺大知 宇野祥平 中村ゆり
上映時間:126分
配給:ハピネットファントム・スタジ
(C)2023 映画「市子」製作委員会

公式サイト https://happinet-phantom.com/ichiko-movie/index.html

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