藤 竜也もロケハンに同行?『高野豆腐店の春』製作秘話を三原光尋監督語る

「おいしい映画祭」プレイベントは、豆腐が食べたくなる映画『高野豆腐店の春』

尾道を舞台に小さな豆腐店の“父”と“娘”の物語が描かれる『高野豆腐店の春』公開3日目となる8月20日(日)に、ミッドランドスクエア シネマで行われた「おいしい映画祭」のプレイベントに三原光尋監督がゲストとして登場。藤 竜也さんや麻生久美子さんとの撮影秘話やお豆腐作りのシーン裏話など、たっぷりとトーク。

聞き手は、映画パーソナリティーでシネピーの編集長でもある松岡ひとみ。月イチシネマトークライブ「松岡ひとみのシネマコネクション」開幕です。

紹介を受け、豆腐坊やを手に会場入りした監督は、大きなスクリーンで映画を届けられたことに感動した様子。この日、尾道から名古屋まで新幹線で来たそう。

毎日お豆腐食べてたら、いつしか想いが募っていった?

松岡:この映画は、監督の豆腐好きが高じて、お作りに?

三原監督:僕がね、撮影向かうときって、朝の4時半とか5時には起きてて「眠たいなぁ」と思いながら、自転車で商店街を走ってますとね、1軒だけ明かりがついてるところがあるんです。それがお豆腐屋さんで、店の前を通ると、お豆腐の、あの大豆のいい匂いがふわっと香るんです。明かりの向こうから。見えないけど、一生懸命この時間から頑張ってらっしゃるなって思って。撮影が早く終わって、帰りに店の前を通るとお父さんとお母さんがふたりで一緒にお豆腐を売っている、それがすごい素敵だなぁって。僕らが子どもの頃、昭和の時代から見てきた、暮らし。ひとつの道をず~っとやり続けて、丁寧に暮らしてる。こんな時代の中で、踏ん張って、頑張ってお豆腐作り続けてる。だってね豆腐って1丁5000円するものではないじゃないですか、それをコツコツ作り続けてきたお父さんお母さん見てたら、映画にしたいなって思って。

あとはね。僕、健康診断行ったらガツンと引っ掛かりましてね。「三原さんお米ばっかり食べたらあきまへん」って言われまして、そんな時に「何食べたらいいんですか?」って聞いたら「お豆腐たべなさい!」って言われて、ちょうどいいと、毎日お豆腐を食べるようになったんです。食べてるうちにお豆腐が好きになって、いろんな想いがだんだんお豆腐に募っていくんですよ。これは、もう神様が「お豆腐の映画を作れ!」って言ってるんじゃないかと、それが4年前。

そしてコロナが始まった時に、緊急事態宣言が出て誰とも会えなくなった時に、僕はもう一生映画作れないんじゃないか、地球が滅びてしまうんじゃないかって思った時に、この脚本を書きあげました。そのとき、今回主演していただいた藤 竜也さんを頭に思い浮かべながら、親子の映画を作りたいと。もうね、藤さんへのラブレターです。藤さんとは『村の写真集』『しあわせのかおり』を一緒にやらせていただいて、もう1本一緒に映画を作りたいなって、何のあてもなく書いて…。

藤さんへのラブレター…2日後の朝速達で届いた言葉は?

松岡:で、藤さんに?

三原監督:「これは、もうラブレターです」とコンビニでコピーした台本を送らさせていただいて…そしたら2日後の朝に速達が来て、藤さんの手紙がついてて、いい風に捉えて「頑張りなさい」っていう手紙かなーと思っていたら、藤さんの手紙には、シーン60のあそこのシーンで自分の心がこう動いたとか、具体的な演技プランになっていて、励ましとかじゃなく、やるつもりで書いてくれはって「この辰雄を演じさせていただきます」って書いてあって、それまで真っ暗闇の中に落ちてた自分の気持ちに光が差したというか、世の中が好転したら絶対に映画にしようって決意しました。だからね今日みなさんに、こうやって大きなスクリーンで観ていただけたことが本当に本当に嬉しくて…」喜びを噛み締めた監督。

松岡:撮影は?

三原監督:今年の春に、尾道で。プロデューサーと一緒に瀬戸内海とかいろいろ回って、商店街が元気で、路地入ったところにお豆腐屋さんがあって、仲間のいろんな、床屋さんとか、定食屋さんもあって、生活感や土地的に尾道が良かったのと、尾道市役所(展望デッキで撮影)にあがらせてもらった時に、日差しや街の音と匂いと風が「ここしかない」ような気がして、ここなら辰雄と春が暮らしてそうだと決めました。

松岡:尾道といえば、大林宣彦監督(代表作に『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』がある)とか、いろんな監督が映画を作ってらっしゃいますよね。

三原監督:そうですね。尾道には、映画資料館があるんですよ。そこに行くと『東京物語』の小津安二郎監督の言葉とかが残ってまして。今から60年、70年前に書かれた言葉で「世の中騒がしくなって、辛い現実も多くなってきた、けれども自分は映画を通して“家族の移り変わり”を描いていきたいって書かれていて、その気持ちは今も通ずるものがあって、家族の映画を撮ろうと思っている自分に小津先生が『三原くん頑張りなさい!この作品をやりなさい!』って言ってくれてるような、勝手に背中を押されているような気持ちになって尾道で進めさせていただきました(笑)

商店街で藤 竜也が一緒にお好み焼き食べて歩いている

松岡:聞くところによると、藤さんもロケハンに同行されたとか?

三原監督:はい。「豆腐屋の親父を自分の体の中に入れたいから…」と藤さんもロケハンに参加されました。なかなか、準備段階から主演俳優が同行することはないので、スタッフがビックリしてました。だって、藤 竜也が、僕らと一緒に商店街を歩きながら、お好み焼き食べてるんですよ。ロケハンの時って、お金のこととか結構シビアな話もするんです。しかも1日だいたい2万歩ぐらい歩くんです。年齢のこともすっかり忘れてて、後から「あ!歩かせてしまった(反省)」と。

あと、ロケハンの時って、よく助監督に主役の代わりにカメラ位置の確認のため防波堤の先とか立ってもらうことがあるんです。立たせながら「お前が立ったらイメージわかへんなぁ」とかつい軽口叩いたりしちゃうものなんですけど、今回は「僕やるよ」って藤さん自ら立ってくれるから、無茶苦茶楽でした。藤さんは、そういうことを一緒にしてくれる人なんです。「俺は藤 竜也だ!」なんて偉ぶることなく、映画を作ることが大好きで、一緒になって映画を作ってくれる。だから藤さんと映画を作るのは楽しいんです」

監督のユーモアあふれる口ぶりからも、藤さんの人となりが浮かび上がってきます。それにしても、さらっと言ってましたが藤 竜也さんは現在81歳(8月27日に82歳の誕生日を迎える)2万歩…元気すぎますね。

お豆腐マイスターたちも唸るリアルなお豆腐作りシーンの裏側

松岡:この映画を語る上で外せないのがお豆腐作りのシーンです。藤さんたちは相当練習されて?

三原監督:撮影前に、撮影で実際使わせていただいたお豆腐屋さんの大将に指導してもらって、藤さんと麻生さんには豆腐作りを練習してもらって、豆腐を作っている過程は噓なく徹底的に描きたかったので、凝固剤入れたりゼラチン入れて固めるんじゃなく、失敗したらもう一度やり直すぐらいの気持ちで…藤さんが劇中で作ってる豆腐もね、本当に大豆とにがりと水だけで作ってるんですよ。撮影のための特別な技とかは一切使ってなくて、遅くまではかかったんですけど、徹底的にリアルを追求して、ちゃんとやったら、やっぱりちゃんと映るんです、そこは藤さんも一緒に、何回もやってくれました。

冷たい水の中に手をいれなくちゃいけないから、最後の方は麻生さんと笑いながら「手がかじかんで…凍って動かないよ~」とか言いながらふたりで笑ってましたけど、豆腐を作って切るところとか、冬の撮影でテストからやってると手が動かなくなっちゃうんですね。神経が。そこは、ちょっと見て見ぬふりして「もう1回」とか言ってました。藤さん、一生懸命やってくれてます」

そこは監督。こだわるところはこだわります。

三原監督:藤さんのそういう姿をみて、スタッフもさらに本気になりますよね。もうひとつギアが入るような。藤 竜也っていう俳優と一緒に仕事をすることで、レベルがひとつもふたつもあがりました。

松岡:娘の春を麻生久美子さんが演じています。キャスティングはどのタイミングで?

三原監督:藤さんがお父さんに決まって、娘は誰だろうって考えた時に麻生久美子さんの名前がパッと浮かんで。周りのスタッフとかからも、評判の良さを聞いてましたし、作品も麻生久美子さんみたいなチャーミングな娘がいて、藤さんとふたりで豆腐作ってたらいいなと思ったので、思い切ってシナリオを送らさせていただきました。

松岡:春さんが作る食卓のシーンも…こだわっていらっしゃったのかなと。

三原監督:炒り豆腐をね。今回は、あんまり料理映画にはしたくなかったので、台所のシーンは極力なくして、でも、ひとつぐらいは作ろうかとあのシーンを入れました。

松岡:なんで料理のことを聞いたかと言うとですね、藤さんとの作品で『しあわせのかおり』という中国料理店を舞台にした作品があるんですけど、それはもう美味しそうな料理を…。

三原監督:そうですね。あの作品も半年ぐらい、藤さんと中谷さんには東京の料理教室に通っていただき、料理の特訓をしてもらいました。中華包丁って使い方が難しいんですよ。横から包丁を入れたりするので、手のアップだけの吹き替えの方も用意してたんですが、吹き替えの方より当の本人のほうが上手くなってしまって、お帰りいただいたという経緯があります。包丁なので、手を切ったらいけないということで。一応、用意したんですが、ふたりがあまりにうますぎるから…藤さんは『村の写真集』の時も、徹底的にカメラを勉強なさって、フィルムカメラの使い方をマスターされてました。藤さんの信念ですよね。そこに暮らす人にならなくちゃいけないっていう。藤さんは、本当に映画を愛してらっしゃいますから

先日、東京で舞台挨拶させてもらったんですけど、もうすぐ82歳になられるんですよ。

次はまさかのゾンビ映画???

松岡:クリントイーストウッドが93歳。

三原監督:この映画がうまくいったら、何年後かにもう1本藤さんと。今度は、みんながあっと驚く、ゾンビでもやりますかと(笑)

松岡:え!なんで?(笑)

三原監督:いやぁ、もう普通の職人とかは…「じゃあゾンビぐらいのやりましょう!」と(笑)

松岡:(会場に向かって)監督面白いでしょう?本作でも『スタンド・バイ・ミー』少年たちが、そのまんま大人になったような、おじさんたちが出てきます。

三原監督:「友達って、年齢いくといいなって思ってて。仕事関係とかではなくって、みんなで集まってバカ話や噂話で盛り上がるような友達って大事だと思っていて、コロナ禍を経て次撮る時は、わいわいみんなで集まって冗談を言い合う商店街のような賑やかな映画にしたいと思っていたので、辰雄の周囲のキャスティングは徳井優さんをはじめ、芸達者で素敵な人たちに集まっていただきました」

松岡:黒川さん演じる演出家の卵の高校生の、あのシーンもね。

三原監督:あれは浄土寺っていうお寺で撮りました。『東京物語』のクライマックスのすごいシーンを撮ったお寺なんですよ。小津監督の、名場面を撮った場所で、すごいくだらないシーンを撮る。めちゃくちゃ嬉しかったです(にっこり)

本来、人生の無常観を感じる場所でね、あんなくだらないことを…。やってみたかったことですね。そして、この映画ただの「豆腐映画」と思っていたら、ちょっと何かが引っ掛かるぞっていう内容になってます。映画は映画として、そういう部分は大事にしていきたいです」

このあと質問タイムに。豆腐マイスター協会の方から、映画好きな方までいろんな質問が飛び出しました。

 

映画の舞台は尾道

尾道市役所をはじめ、本通り商店街や、荒神堂通り、向島や浄土寺まで、尾道のあちらこちらで撮影された本作。写真の海沿いの遊歩道も素敵なところです。尾道に行く機会があれば、ぜひおのみち映画資料館とあわせて、訪れてみてください。

イベントこぼれ話

今年は若年性認知症と診断された夫婦の絆を描いた『オレンジ・ランプ』も公開された三原光尋監督。監督が撮る作品は、深刻な中でも、どこか優しくて温かな視線を感じる空気が流れていると思うのですが、実際にお会いしてもその印象は変わらず「一生懸命話すとても可愛らしいひと」でした。年上の監督をつかまえて「可愛らしいひと」とは…とお𠮟りを受けそうですが、キャンペーンでともに各地を回っている「豆腐坊や」を大事そうに運んできたり、その豆腐坊やの手にのせてるお豆腐がポロリと落ちると、あわてて拾う一面も。そんな監督だからこそ、藤 竜也さんも出演を快諾したんだと思います。監督といえば、料理シーンが見どころの作品がとても多いのですが、今回は実は封印していたそう。そのぶん、お豆腐作りを丁寧に描出し、映画館を出たあと、豆乳や豆腐が恋しくなります。ぜひ、この記事を読んで興味を持った方は、1丁、2丁と映画『高野豆腐店の春』をおかわりしていただければと思います。そして、12月には同劇場で「おいしい映画祭」も。こちらも、楽しいイベントになるよう準備中なので、ぜひ遊びに来て下さいね。

三原光尋監のドラシネ人生

YouTubeチャンネル「ドラマチック×シネマチック」で京都生まれの三原光尋監督のシネマな人生を紐解きます。
監督が初めて映画館で観た映画はあのサメ映画?スピルバーグで映画人生の幕開け!続きは動画をチェック!

予告編をみる

映画『高野豆腐店の春』は8月18日より、ミッドランドスクエア シネマほかで公開中です。

MC 松岡ひとみ 取材・文 にしおあおい( シネマピープルプレス編集部

作品紹介

尾道を舞台にした、小さな豆腐店の“父”と“娘”の物語
尾道の風情ある下町。その一角に店を構える高野豆腐店。夜が明ける前に、そっと明かりが灯り、愚直で職人気質な父・高野辰雄(藤竜也)と、明るく気立てのいい娘・春(麻生久美子)の一日が今日も始まる。こだわりの大豆からおいしい豆腐を二人三脚で作っていく毎日。
お店の常連さん、昔ながらの仲間たちとの和やかな時間。そんな変わらない日々を過ごす父と娘だったが、それぞれに新しい出会いが訪れる──。

『高野豆腐店の春』(たかのとうふてんのはる)
監督・脚本 三原光尋
出演:藤 竜也 麻生久美子 中村久美
配給:東京テアトル
製作:アルタミラピクチャーズ/東京テアトル
2023 年/カラー/5.1ch/ビスタサイズ/120 分
公式サイト: https://takanotofuten-movie.jp/
8月18日(金)シネ・リーブル池袋、新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国公開
©️2023「高野豆腐店の春」製作委員会

おいしい映画祭

アーカイブ