第95回を迎える今年のアカデミー賞授賞式で、涙を流しながらステージに立ち、スピーチをしたブレンダン・フレイザー。彼は本年度アカデミー賞主演男優賞において最優力と言われていましたが、その期待に応える演技力でハリウッドに見事カムバックを果たしました。
実はプライベートにおける様々な出来事で心身を痛め、『ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝』(2008)以降から大作で主演を張ることが無くなり、まさにハリウッドから遠ざかっていたブレンダンが、死を間近に控えた主人公がやり残しをする物語『ザ・ホエール』。この作品で再び評価されたことを喜んだのはファンのみならず、俳優仲間だったという証が今回の結果でした。
ブレンダンの挑戦
しかもブレンダンが挑んだのは体重272キロという巨体の男チャーリー。愛していた人を失い過食によって一人では自由に動けなくなった男の物語には、同性愛や宗教問題、そして愛する娘と疎遠になっていたことへの贖罪が複雑に絡み合っていきます。さらに本年度アカデミー賞助演女優賞にノミネートされたホン・チャウがチャーリーの唯一の友人で看護師のリズを演じ、病院へ行かないチャーリーの面倒を見ていくのですが、二人がどうやって親交を深めたかが明らかになった時、深い悲しみに胸打たれるのです。
だからこその二人のアカデミー賞ノミネーションであり、特にブレンダンの吸い込まれるような瞳の演技は、3時間かけて完成した表情の演技を邪魔しない特殊メイクで見事に活かされ、結果、アカデミー賞メイキャップ&ヘアスタイリング賞を受賞したのです。ただ個人的にはチャーリーの娘を演じた人気ドラマ「ストレンジャー・シングス」にも出演しているセイディー・シンクも印象強く、今後、映画でも活躍することを確信しています。
鬼才ダーレン・アロノフスキー監督
原作は劇作家サミュエル・D・ハンターの同名舞台。それを『レスラー』(2008)でヴェネツィア国際映画賞金獅子賞とミッキー・ロークがゴールデングローブ賞主演男優賞を獲得し、『ブラック・スワン』(2010)でナタリー・ポートマンをオスカーに導いた鬼才ダーレン・アロノフスキー監督が映画化。彼が描くチャーリーの閉鎖的な世界は、巨体で動けないチャーリーの周りをカメラが動き回り、彼の瞳の揺れや小さな表情の変化をクローズアップで映し出します。それだけでなく大学のオンライン講座の教師であるチャーリーならではの美しい言語でナイフのような娘の心を溶かしていこうとするのです。だからか本作は、密室劇なのに一瞬たりとも目が離せない作品力を持っていました。そこに映し出されるのは死期を知り、静かにそっと人生を見つめ、自身の至らなさに懺悔する純粋すぎる男の姿。そんな彼の5日間を見つめることで、人を外見で判断してはいけないというメッセージが胸に染み渡ってくるのでした。
作品概要 「ザ・ホエール」
出演:ブレンダン・フレイザー セイディー・シンク ホン・チャウ タイ・シンプキンス サマンサ・モートン 監督:ダーレン・アロノフスキー 原案・脚本:サミュエル・D・ハンター 製作総指揮:スコット・フランクリン タイソン・ビドナー 製作:ジェレミー・ドーソン アリ・ハンデル ダーレン・アロノフスキー 音楽:ロブ・シモンセン 撮影監督:マシュー・リバティーク 衣装デザイナー:ダニー・グリッカー 【2022/アメリカ/英語/117 分/カラー/5.1ch/ドルビーデジタル/スタンダード/原題:THE WHALE/ PG12】 字幕翻訳:松浦美奈 © 2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved. 提供:木下グループ 配給:キノフィルムズ 公式サイト:whale-movie.jp twitter:@thewhale_jp
伊藤さとり
ハリウッドスターから日本の演技派俳優まで、記者会見や舞台挨拶MCも担当する。全国のTSUTAYA店舗で流れる店内放送wave−C3「シネマmag」DJ、俳優対談番組『新・伊藤さとりと映画な仲間たち』(YouTubeでも配信)、東映チャンネル×シネマクエスト、映画人対談番組『シネマの世界』など。NTV「ZIP!」、CX「めざまし土曜日」TOKYO-FM、JFN、インターFMにもゲスト出演。雑誌「ブルータス」「Pen」「anan」「AERA」にて映画寄稿。日刊スポーツ映画大賞審査員、日本映画プロフェッショナル大賞審査員。