日本のエンターテイメント映画が着実に変容を遂げております。
特に注目すべきは、ツンデレのイケメン高校生と思いがけず恋に落ちてしまう女子高生の壁ドン入りの恋物語がいっときブームとなっていたのですが、“いじめ”や“偏見”としっかり向き合う映画がついに登場。
ドラマ化され話題を呼んだ、浅原ナオトさんの小説「彼女が好きなものはホモであって僕ではない」を映画化した『彼女が好きなものは』、神尾楓珠さん演じるゲイであることを隠している高校生が、山田杏奈さん演じるBL好きの同級生に告白され、自分の未来と向き合いながら愛について考えるという物語。一瞬、脳裏によぎりそうな床ドンの逆パターンもなければ少女コミックの一コマを切りとるようなファンタジー要素もない、気持ち良いくらいド直球な高校生のリアルな恋愛がスクリーンに映し出されています。
そんな本作は、『にがくてあまい』の草野翔吾監督により、胸の奥がチクリとする感覚を終始感じながら、切なくも愛おしい二人の姿に魅せられ、若者だけではなく大人にも通じる“偏見”とどう向き合うか、も描かれているのです。
実は今までも『his』(今泉力哉監督)などの男性同士のカップルが社会や自分の未来とどう折り合いをつけて生きていくかといった作品はあったものの、彼らが、今、高校生で異性に好意をもたれたらというパターンの映画はありませんでした。その理由に青春恋愛映画は、女子高生が見て楽しむものと認識されてしまう傾向があり、初恋を知り、片想いを経て恋に落ちるもライバル出現といった展開が多く、学園生活で最も重要な“友達付き合い”や“いじめられないように生きる術”のようなテーマを前に押し出した作品がありませんでした。たしかに現実逃避の為に映画は見るものと考えると、日常に重くのし掛かる問題についてわざわざお金を払って見るかというと首を傾げてしまいます。
だからこそ実力ある人気俳優を揃えて、「もし自分の好きな人がゲイだったら?」という視点から“愛”について考えてもらうきっかけを映画から若者たちに与えることが出来るかもしれない、人間関係が最も濃密になる学園生活をおくる当事者たちに届くかもしれないという思いから、本作は作られた気がしてならないのです。
さらに『彼女が好きなものは』では、“同性愛”についてクラスで話し合うシーンが映し出されています。もちろん「偏見はよくない」という声も上がりますが、いじめてしまった側の意見には「嘘をついていたじゃないか」という考えもありました。その声たちに耳を傾けていると実はそれぞれの正論があって、多くの子ども達が他者の気持ちを考えるゆとりがないのだと気付かされます。このシーンについて草野監督は「オーディションの際、同性愛について話してもらった中で印象に残った発言を脚本に取り入れた」と言っていました。
そんなふうに深刻なシーンも描かれながら、ちゃんと登場人物が誰かを好きになって必死に考えて、胸踊らせたり悩んだりする姿が愛おしくて、皆一生懸命生きているんだと思うほど胸にこみ上げてくるものがあった親世代の私は、本作から新しい青春映画のスタイルを見た気がして高揚しています。もしかしたら、共感だけではない、「受容」が命を救うきっかけになることを伝える映画作りのきっかけになるのではと。
12月3日(金)公開
映画「彼女が好きなものは」
2021年製作/121分/PG12/日本 配給:バンダイナムコアーツ、アニモプロデュース (C)2021「彼女が好きなものは」製作委員会
映画パーソナリティ 伊藤さとり
ハリウッドスターから日本の演技派俳優まで、記者会見や舞台挨拶MCも担当する。全国のTSUTAYA店舗で流れる店内放送wave−C3「シネマmag」DJ、俳優対談番組『新・伊藤さとりと映画な仲間たち』(YouTubeでも配信)、東映チャンネル×シネマクエスト、映画人対談番組『シネマの世界』など。NTV「ZIP!」、CX「めざまし土曜日」TOKYO-FM、JFN、インターFMにもゲスト出演。雑誌「ブルータス」「Pen」「anan」「AERA」にて映画寄稿。日刊スポーツ映画大賞審査員、日本映画プロフェッショナル大賞審査員。