当事者を映画に出す。
それはとても大事なこと。何故ならば、もし俳優を目指す人や映画出演を願う人が当事者に居たのなら、彼ら彼女らほど適したキャスティングは他に居ないだろうから。もちろん、どうしてもその役を演じてほしい俳優が居るのならそれもありだとは思う。けれど障がいのある人物の役であるなら尚更、当事者であって欲しいと願うのは、彼ら彼女らに仕事の幅が増えるからだ。
それも踏まえて『バグダッド・メッシ 片足のサッカー少年』は胸を打つ作品だった。主人公は銃撃戦に巻き込まれて片足を失ったサッカー少年ハムディ。察しの通り、主演の少年アフマド・モハメド・アブドラは実際に爆撃で片足を失っており、主人公同様、サッカー選手メッシを崇拝するサッカー少年だ。だからオーディションで選ばれたアフマドの力強く真っ直ぐな瞳もハムディが負けず嫌いである事を物語っており、片足でサッカーをしようと松葉杖でサッカー場に立つ姿も自然なのだ。劇中、失った足が少しづつ生えてくる感覚があると語るシーンでは驚くほど冷静で、これこそ心の底から感じていることを口にしているに違いないと震えた。

映画の舞台となる2009年のイラク・バグダッドは、宗派の対立で爆撃音が当たり前のように鳴り響いていたという。ちょうど公開していた『大統領のケーキ』が1990年代のフセイン独裁政権下なのでそれから10数年後のイラクだ。アメリカが2003年にイラクを攻撃して米軍占領下となった時期なので、ハムディの父親がアメリカの民間警備会社の通訳をしていたことから周囲から裏切り者扱いを受けてしまい、引っ越しを余儀なくされるのだ。これもまた現実にあったことだろう。家族思いで人にも優しい善良な市民の父親が、近所から誹謗中傷を受ける姿を見てきた少年はどんな大人になっていくのだろうか。

日常が戦場にもなる中で育ったサッカー少年達が、地雷に対しても武器に対してもそこまで恐れずにいる姿に胸が締め付けられる思いだった。サヒム・オマール・カリファ監督が選んだラストカットは、間違いなく私達観客にその先を考えて欲しいというメッセージそのものだった。当たり前の恐怖が無くなる世界を願って。

『バグダッド・メッシ 片足のサッカー少年』
監督:サヒム・オマール・カリファ
出演:アフマド・モハメド・アブドラ、ザフラー ・ガンドゥール、アセール・アデル
配給: Elles Films
2023年/イラク、ベルギー、オランダ合作/84分
8月7日(金)より全国公開
©A Team Productions | Column Film | 10.80 Films | Macgyver
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伊藤さとり

伊藤さとり(映画パーソナリティ・映画評論家)
映画コメンテーターとして「ひるおび」(TBS)「めざまし8」(CX)で月2回の生放送での映画解説、「ぴあ」他で映画評や連載を持つ。「新・伊藤さとりと映画な仲間たち」俳優対談番組。映画台詞本「愛の告白100選 映画のセリフでココロをチャージ」、映画心理本「2分で距離を縮める魔法の話術 人に好かれる秘密のテク」執筆。




