目次 [hide]
映画『ウィキッド ふたりの魔女』
「人は見た目が9割」という解釈がある。
これは他者からの自分の印象というものなのだが、見た目の印象が社会生活にも影響を及ぼすという心理学の法則なのだ。確かに話してみないと第一印象からの変化は起こらない。となれば間違いなく身だしなみが良い方が好印象だろうし、ルックスが良い方が得をするのは事実だ。
そんな思い込みから生まれる偏見を、この映画『ウィキッド ふたりの魔女』では眩い映像と美しい歌声でミュージカル映画として綴っていく。冒頭、アリアナ・グランデ扮する北の魔女グリンダが、妖精のような美しいドレスでスクリーンに登場し、高音ボイスで村人を魅了する。ソプラノは美しさや可愛らしい印象を与えると言われているだけあり、彼女の外見にもピッタリだ。これは間違いなく良い魔女だろうと観客は思うだろうが、その歌詞をよく聞くとある魔女が死んだことを讃えているのだ。
やがて物語は彼女が学生時代に出会った歌の主人公である西の悪い魔女こと、エルファバの出生の秘密を映し始める。緑色の肌で生まれたその女の子は、おとなしくて賢くて妹想い。けれど緑色の肌だから父親に疎まれ、同じ年頃の子供達にも意地悪な言葉を吐かれてしまう。人間は愚かなもので、自分達と違う外見を持つだけで「異端」と見做し嫌悪する。魔女としての類稀なる才能も秘めている彼女を好きになる人は果たしているのだろうか。この対照的な二人が大学の寄宿舎で同室になったことで、互いの運命が大きく変わっていくのだ。
実は映画で伝えようとしているのは、いじめの構図という社会に根強く巣食うテーマだ。それはとても単純で、人気者が「あの子は嫌い」と言えば大衆の多くは流され嫌悪し、人気者が「あの子は好き」と言えば好意的な目をむけるという縮図だ。これがまた面白いことに外見がどうであれ、人気者のお墨付きがあれば「良し」という不思議な現象を起こしてしまう。
このような心の変化は、本当にその人を見て判断していると言えるのだろうか。実は多くの人間は自分の価値観に自信がないのだ。人気者は人を惹きつける魅力を持っているから、きっと判断も間違っていないと思い込んでしまうのだろう。これこそが「見た目で騙される」という現象だ。この問題に斬り込んだ映画が『ウィキッド ふたりの魔女』だ。物語の舞台は大学、露骨なまでのスクールカーストがエルファバを襲う。地味な彼女を取り巻く煌びやかな世界は、やがて色合いを変えていくのだ。やがて「あなたは彼女の味方でいられるか?」と観客に問うような事件が起きる。これは自分自身が持つ偏見というフィルターに気づいてしまう究極の映画だった。
『ウィキッド ふたりの魔女』
監督:ジョン・M・チュウ
出演:シンシア・エリヴォ アリアナ・グランデ
ジョナサン・ベイリー イーサン・スレイター ボーウェン・ヤン ピーター・ディンクレイジ ミシェル・ヨー ジェフ・ゴールドブラム
アメリカ/2024/2時間41分/配給:東宝東和
3月7日(金)全国公開
—————————————————–
ⓒUniversal Studios. All Rights Reserved.
—————————————————–
伊藤さとり
伊藤さとり(映画パーソナリティ・映画評論家)
映画コメンテーターとして「ひるおび」(TBS)「めざまし8」(CX)で月2回の生放送での映画解説、「ぴあ」他で映画評や連載を持つ。「新・伊藤さとりと映画な仲間たち」俳優対談番組。映画台詞本「愛の告白100選 映画のセリフでココロをチャージ」、映画心理本「2分で距離を縮める魔法の話術 人に好かれる秘密のテク」執筆。