
米澤穂信氏の直木賞受賞作にして歴史ミステリーの傑作を、日本映画界が誇る鬼才・黒沢清監督が初めて手掛ける時代劇として映画化した『黒牢城』。
織田信長に反旗を翻して有岡城に立てこもった荒木村重と、地下牢に幽閉された天才軍師・黒田官兵衛を軸に、籠城中の城内で起こる不可解な事件を描く本格ミステリーが幕を開けます。
公開翌日の6月27日、名古屋のミッドランドスクエア シネマにて「松岡ひとみのシネマコネクション VOL.100」が開催。
記念すべき100回目の節目を迎えたスクリーンに黒沢監督が登壇し、独自の映像美の裏側にある緻密なこだわりや、豪華キャスト陣の素顔を明かしました。

いや、もう少し犬山城風に…
本当は犬山城で撮影をしたかった
戦国時代の緊迫した人間模様を描く本作において、圧倒的な存在感を放つのが舞台となる城の佇まいです。撮影は京都から移動できる範囲として姫路城や彦根城など関西エリアを中心に敢行されましたが、黒沢監督の頭には別のビジョンがあったそう。
黒沢監督「本当は犬山城に行きたかったんですよ。あの時代、戦国時代とかのその風情を留めている、現存する城というと犬山城しかないとので随分考えたんですが、京都からちょっと遠いということで断念しました」と明かす。
黒沢監督「ですから、撮影は西側のお城が中心になっています。でも犬山城は参考にはしました。だからシーンによってはコンピューターグラフィックス(CG)で天守を作ったりしているところもあるんですけど、そういうところは犬山城を参考にしています。尼崎城とか、上野城(伊賀上野城)とか、城が映っているカットも、そのままだと江戸時代以降の綺麗なお城になってしまうので、「いや、もう少し犬山城風に」と、後でデジタルで手を加えていたりしています。」

デコボコする地下牢の意図は…
芝居する時は結構大変だった
さらにイベント中、客席の熱心なファンから「菅田将暉さん演じる黒田官兵衛が幽閉されている牢の地面がデコボコしている意図は?」という質問が。これに対し、黒沢監督も「非常に良い着眼点」と称賛しつつ、映画オリジナルの美術演出であることを解説しました。
黒沢監督「これは映画オリジナルです。良いところに気づいてくれたなと思います。地下牢は、松竹京都撮影所にセットで作ったんですけど、床がまあ土なんですね。現代で、床が土のセットというのは、本当に少なくて。だいたいコンクリートになっている。
せっかく昔ながらの土の地面なので、美術を担当された方が「ちょっと土の感じを生かしたいな」とおっしゃいまして「こんなのどうでしょう」と。「こんなボコボコにしますか!」って僕はびっくりしちゃったんですけど。
だから狙いというよりは、せっかく土だからコンクリートの綺麗な床ではなかなかできない表現をやってみようということと、設定としては「地下牢」というよりは、すごく広いので、天守閣のいちばん底(有事の際の武器庫や食料・塩の貯蔵庫)を牢屋にしているという仮の設定にしています。
昔の地面ってあんなんだったわけです。アスファルトやコンクリートはもちろん、土の地面でも大抵は人が通ったりして平らにならされている。でも、当時の城、しかもほとんど人の入らないようなところって平らであるわけがないんですね。
どのぐらいボコボコだったかは想像するしかないんですけど、人が踏み込んだりしない所なら、ああなっていておかしくはないなと考えました。
ただ、芝居をする時は結構大変だったんです。かなり複雑な動きがあって、ちょっとしたアクションもありまして。(ボコボコだと安定感がないので)本木さんとか菅田さんがドタッと倒れちゃうんですよね。(慣れない)草履を履きながら、いきなり切りかかるっていう時に、バランスを崩してしまう。だから、相当あのデコボコには気を使いながらの芝居でした。そこはちょっと大変だったんです。」鬼気迫る心理戦の裏にあった肉体的な苦労を振り返ります。

本木雅弘の放った想定外の一言と、
菅田将暉が見せる「嘘と真実」を操る圧倒的な才能
心理戦の主軸を担うのは、荒木村重役の本木雅弘と黒田官兵衛役の菅田将暉。黒沢監督は、この強烈な個性を放つ2人の主役について、それぞれのプロ意識の形を振り返りました。
主人公、荒木村重役の本木雅弘さんは、エンターテイナーとしての高いサービス精神を持ち 、現場でも極めてフレンドリーにコミュニケーションを図っていたそう。そして、カメラがまわると不可解な事件に振り回される村重の重圧を体現していく。黒沢監督曰く「役になると全然違う感じになる」とのこと。そして、あるカットの直後に本木さんがポツリと漏らした一言に監督は驚いたそう。
黒沢監督「臣下のものたちと侃々諤々したシーンを撮り終わったあと「僕、向いてない」ってぼそりと言ったんです。」
本木さんほどの役者でも感じるプレッシャー。それは同時に、荒木村重というキャラクターにも通づるものがある。そして、監督はこう続けた。
黒沢監督「でも、そういう時に変にポーズを取らず、内面の不安を素直に共有してくれたことで、場の空気は和みました。思ったことは、言葉にする。そこには、最終的に救われましたね。」
一方、『Cloud クラウド』に続いての参加となり、監督から「100%の信頼」を寄せられていたのが菅田将暉さん。現在放送中の大河ドラマでは、竹中半兵衛を演じ、本作では、幽閉される黒田官兵衛役を演じています。
黒沢監督「菅田さんは、「なりきる」というタイプではないんですけど、完璧にその役を演じることができる。あれは彼の才能だと思うんですけど、「真実を語っている」ようにも言えるし、「これ絶対嘘だろ、嘘ついてるよな」という風にも言える 。で、「真実か嘘か、どっちともつかない」っていうのもできるんですよ。これね、本当、同じセリフをどの言い方でもできるっていう、すごい俳優だと思いました。」
同じセリフであっても、「真実を語っているようにも、完全に嘘をついているようにも、あるいはどちらともつかない絶妙な境界線」をも完璧にコントロールして表現できる才能は、まさに天才軍師・黒田官兵衛の才にも繋がっていて、スクリーンを通じて観客の胸を鋭く打ちます。
黒沢清監督が好きなシーンはラストシーン
カンヌが爆笑に沸いたシーンのエピソードも

会場からの質問では「好きなシーン」の話題も。好きなシーンとして、オダギリジョーさん演じる御前衆のひとり郡十右衛門が絡む一幕を挙げた質問者に対し、
黒沢監督「まさに、カンヌの上映でも現地のみなさんが爆笑されたシーンで、(十右衛門演じる)オダギリさんと本木さんが「今ならまだ…」「いや、もう良い、結構結構」と、あそこは僕も大好きです。本木さんの、あの絶妙なニュアンスの「もう良い」は好きでした。
そして、好きなシーンを挙げるとなると、どのシーンもそれなりに思い入れがあるんですが、僕はねラストシーンが好きですね。ロケーションも本当に素晴らしかったのですが、撮影の時に偶然天候が味方してくれまして、太陽の差し込み方や風の吹き方が完璧だったんです。
そして、脚本通りではあるんですけど、どこか観ていてホッとさせられるんです。あの結末の空気感は非常に気に入っています。」
松岡「そういえば、カンヌでは宮舘涼太さんが、ターンを披露してましたね。」
黒沢監督「あれは、僕に内緒で、本木さんがけしかけて、「助三郎あそこでしたら受けるんじゃない!」って(笑)」
劇中では、村重と助三郎として、俳優としては先輩、後輩としての絆を見せたふたり。その絆の深さは、ぜひスクリーンでご覧ください。
映画館とは、2時間の暗闇で社会を学ぶ場所

今回で100回を迎えた「松岡ひとみのシネマコネクション」。映画館で映画を観て欲しい、映画の醍醐味を楽しさをスクリーンで味わって欲しい。ということで、松岡からこんな質問が。
松岡「監督にとっての映画館とは?」
黒沢監督「映画館は僕にとっては、若い頃すべてを学んだ場所でした。今と違って映画を観るというのは映画館でしかなかったんですね。DVDもないし、配信も何もない時代ですから。映画館はやはりたくさんの人たちと、しかも誰だか分からない人たちと一緒に観るっていうのが、僕にとってはいちばんの強烈な経験になっていると思います。
つまり、場合によってはわーって皆で盛り上がったり、誰とも知らない人たちが同じところで笑っていると、「あ、僕って一応この社会に属してるんだな」となんとなく思うわけです。一方、みんなわっと笑うけど、「いや、全おかしいとは思わない」あるいは「すごく感動した」ので、最後エンドクレジットが上がっても最後まで!と思ったらどんどん立って出口へ向かう人がいる。
「いや、自分は最後まで残る」と決める。「自分が社会の中でこういうポジションにいるのかもしれない」っていう、ひょっとしたらそれは孤独かもしれないけれども、そういうことすべてを学んだ場所でした、そこはひとつの社会でした。
ですから、ただただ作品を観るというだけではない。あらゆる経験が、実はたった 2 時間ぐらいの(暗闇の)中で、できる場所だと考えていますね。」
劇場へのメッセージトークの締めくくりとして、自身の原点であり、現代においても変わりなく特別な場所であり続ける「映画館」という存在への深い想いを言葉に乗せた黒沢清監督は、最後をこう結ぶ。
黒沢監督「本作は、戦国時代の荒木村重という人物の物語です。当時は「生きるか死ぬか」「殺すか殺されるか」「いかに権力を握るか」ということに、誰もが右往左往していた時代でした。そんな中で、「それらはバカバカしい。自分が本当にやりたいことを目指して生きよう」と決意した彼の生き方は、現代を生きる私たちにとっても、すごく参考になるのではないかなと思います。
日常のさまざまなことに心を奪われ、社会の大きな渦に飲み込まれてしまいそうになる現代だからこそ、「いや、自分が本当にやりたいことって何だろう」と。荒木村重のように、時には立ち止まり、場合によってはそこから逃げたり、すべてを捨てて去っていったりすることも、素晴らしい生き方なのではないかなと思います。
この作品が、今を生きる皆様にとって、何かしらのヒントになっていれば嬉しいです。本日はどうもありがとうございました。」

進行(MC):松岡ひとみ
取材・文:にしおあおい シネマピープルプレス編集部
「松岡ひとみのシネマコネクション」とは?
ミッドランドスクエア シネマと、映画パーソナリティー・松岡ひとみが共同でお届けするトークイベント。ここでしか聞けない撮影秘話や、映画の舞台裏に迫るアットホームなトークが魅力です。
過去のイベント実績:
Vol.8『黄色い涙』 【ゲスト】犬童一心監督
vol.16『THE3名様 〜リモートだけじゃ無理じゃね?〜』 【ゲスト】佐藤隆太、岡田義徳、塚本高史、森谷雄監督
vol.21『リング』(35mmフィルム上映) 【ゲスト】脚本家・高橋洋氏
Vol.50『ゴジラ-1.0』 【ゲスト】山﨑貴監督
vol.75『キサラギ』 【ゲスト】佐藤祐市監督
『黒牢城』作品紹介
荒木村重(本木雅弘)は暴虐な織田信長のやり方に反発し、籠城作戦を決行する。城は織田軍に囲まれ孤立無援に。生と死に向き合う戦国の世にあって、村重は殺さずの信念を守る武将だった。村重は妻・千代保(吉高由里子)を心の支えに、城と人々を守ろうと苦心する。そんな時、城内である少年が殺される事件が発生。その後も怪事件が次々と起こる。容疑者は、密室と化した城内にいる家臣や身内の誰か。城外は敵軍。城内は裏切り者。誰もが疑心暗鬼になっていく中、村重は牢屋に囚われた危険な天才軍師・黒田官兵衛(菅田将暉)と共に謎の解決に挑む。事件の驚きの真相と、村重がたどり着いた決断とは…。
タイトル:『黒牢城』
原作:米澤穂信「黒牢城」(角川文庫/KADOKAWA刊)
監督・脚本:黒沢清
音楽:半野喜弘
出演:本木雅弘
菅田将暉 吉高由里子
青木崇高 宮舘涼太 柄本佑
ユースケ・サンタマリア 吉原光夫 坂東龍汰
近藤芳正 矢柴俊博 木原勝利 河内大和 吉岡睦雄 上川周作 前田旺志郎 坂東新悟
荒川良々 渋川清彦 渡辺いっけい / オダギリジョー
配給:松竹
6月19日(金)全国公開
©米澤穂信/KADOKAWA ©2026映画「黒牢城」製作委員会
映画公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/kokurojo-movie/




