伊藤さとりの映画で人間力UP!『ぼくが生きてる、ふたつの世界』

[マイノリティの人々を映画の世界に存在させる意義]

 

『ぼくが生きてる、ふたつの世界』

海外では今まで白人が主人公の映画が多かったことから、ここ数年、有色人種の主人公や、障がいのある人々の物語が意識的に製作されています。それは白人至上主義にも見られかねない偏った世界を描いていることに気づいた人々による多様性の声によるものでした。

その流れは米アカデミー賞にも影響を及ぼし、特に第94回アカデミー賞では、作品賞、脚色賞、助演男優賞を『Coda コーダ あいのうた』(2021)が受賞、聴覚障がいの俳優を起用したことも大きな話題を呼びました。結果、“障がいのある人も俳優の仕事ができる”ことを世界に知らしめ、ニュースは日本の映画やドラマ製作にも影響を与えています。最近の作品で聴覚障がいの役で言うならば、深田晃司監督作『LOVE LIFE』(2022)には当事者の俳優・砂田アトムさんが出演、荻上直子監督作『波紋』(2023)には難聴の俳優・津田絵理奈さんが起用されています。

そして今月、日本では『ぼくが生きてる、ふたつの世界』が9/20から全国順次ロードショーされます。本作は、聴覚障がいの両親を持つ作家でエッセイストの五十嵐大氏の自伝的エッセイを『そこのみにて光輝く』(2014)『きみはいい子』(2015)など、“家族”に焦点を当てた作品を多く手がける呉美保監督が主演に吉沢亮さんを迎えて映画化したものです。

もちろん、耳が聞こえない両親役にはろう者の俳優、忍足亜希子さんと今井彰人さんをキャスティング。他にもろう者の役を当事者の俳優達が演じています。更にはろう・手話演出の方やコーダ(聞こえない、もしくは聞こえにくい親を持つ聴者の子ども)監修の方、手話監修協力として全日本ろうあ連盟にも作品の製作に参加してもらっているとのこと。これにより、よりリアリティある物語を観客に届けられ、私たちが障がいについて「正しく知る」きっかけにも繋がるのです。

このようにベースをしっかりと固めた上で、映画は私たちの日常に横たわる「家族の問題」を掘り下げています。ある年齢に達し、芽生える自分の家族への羞恥心だったり、学生生活を通してクラスメイト達と環境が違うことで自己肯定感を持てなかったりと、人により思春期に味わう感情も描いています。更に幼少期から成人するまでの主人公の日常を描くことで、ヤングケアラー問題にも踏み込んでいました。その理由に、映画の主人公は両親とのコミュニケーションでは手話を使い、幼い頃から母の声を代弁する役割を果たしている姿が映し出されるのです。

この難役を中学生時代から演じきった吉沢亮さん。全身で思春期を表現するだけでなく、手話はもちろん、目の動きで両親に対する思いを表したり、父親と母親とでは態度が違うことを身体のこわばらせ方で表したりと実に細やか。確かに外で働きづめで、普段は会話の機会がない父親よりも、家で家事をし、接することの多い母親とでは、子どもの欲求も違ってくるもの。それがまた親と子の感情のすれ違いで胸に迫るのです。

考えてみると、これは私たちも経験したことがある感情でもあり、それでいて知らない世界でもあります。耳が聞こえない世界を耳が聞こえる人は分からないだろうし、同じ世界に生きていても人の感じ方はそれぞれ違います。そんな二つの世界を行き来する主人公の複雑な感情も簡単には理解出来ないし、理解できると言ったら失礼になります。それでも主人公の感情を通して「コーダの気持ちを知ること」や、主人公を通して「ろう者の感じていることを知ること」で、私たちは世界を知ることができ、偏見を持たないようになっていくかもしれません。

世界には様々な人が当たり前に存在し、生活を送っています。

まだまだ私たちは知らないことが多く、自分とは違う人、関係がない人だからと切り捨ててしまったら、無意識に相手を傷つけてしまう可能性もあります。だからこそ映画やドラマを通して未知の感覚を知ることで、他者に優しくなれ世界は穏やかになると私は信じています。

 

*第68回ロンドン映画祭(BFI London Film Festival 2024)コンペティション部門(開催:10/9〜20)

*第43回バンクーバー国際映画祭(2024)パノラマ部門(開催:9/26〜10/7)

【STORY】

宮城県の小さな港町、耳のきこえない両親のもとで愛されて育った五十嵐大。幼い頃から母の“通訳”をすることも“ふつう”の楽しい日常だった。

しかし次第に、周りから特別視されることに戸惑い、苛立ち、母の明るささえ疎ましくなる。心を持て余したまま20歳になり、逃げるように東京へ旅立つが・・・。

【作品概要】

■監督:呉美保 『そこのみにて光輝く』(14)、『きみはいい子』(15)

■脚本:港岳彦 『ゴールド・ボーイ』(24)、『正欲』、『アナログ』(23)等

■主演:吉沢亮 『キングダム』シリーズ

■出演:忍足亜希子 今井彰人 ユースケ・サンタマリア 烏丸せつこ でんでん

■原作:五十嵐大

「ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと」(幻冬舎刊)

■企画・プロデュース:山国秀幸

■手話監修協力:全日本ろうあ連盟

■配給:ギャガ

■2024/日本/カラー/ビスタ/5.1Chデジタル/105分/映倫:G

■©五十嵐大/幻冬舎 ©2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会 

 

伊藤さとり

伊藤さとり(映画パーソナリティ・映画評論家)

映画コメンテーターとして「ひるおび」(TBS)「めざまし8」(CX)で月2回の生放送での映画解説、「ぴあ」他で映画評や連載を持つ。「新・伊藤さとりと映画な仲間たち」俳優対談番組。映画台詞本「愛の告白100選 映画のセリフでココロをチャージ」、映画心理本「2分で距離を縮める魔法の話術 人に好かれる秘密のテク」執筆。

おいしい映画祭

アーカイブ